熊楠とニラの味噌汁の話

スーパーでニラが半額だったので、朝の賄いはご飯と納豆とニラの味噌汁。

(朝、といっても居酒屋稼業は生活が夜型にずれるので、10時半頃が朝ご飯です)


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今のご時世、マスク着用が基本なので、ニオイを気にせず朝からニラでスタミナつける事ができるゼ。

 

博物学者の南方熊楠は根を詰めて仕事をする時はいつも、奥さんにニラの味噌汁を作っておいてくれ、と言ったそうです。

仕事の合間に台所へ行ってニラの味噌汁をすすり、また仕事に熱中していた。

熊楠の娘さんがこう語っていた記事が載っていた本はコレだったと思います。

 

クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙 (とんぼの本)

クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙 (とんぼの本)

  • 発売日: 2007/11/01
  • メディア: 単行本
 

 

 

知の巨人、南方熊楠の破天荒なエピソードはここに書ききれないのでまた改めて書きたいと思っているのだけど、とにかく体力がすごい、という印象があるな。

 

最近忙しめでちょっと体力キツいけど、熊楠にあやかってニラの味噌汁で乗り切りたいものです。

 

節分なのでカナガシラの話

節分に食べる魚といえばイワシですね。

私の住んでいる地域でもイワシを食べます。

しかし長崎県では節分に食べる魚といえば、カナガシラなのだそうです。

このカナガシラという魚、知名度が今ひとつのようですが、地域によっては縁起物として用いられる魚です。

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節分

長崎県では節分に食べる魚といえば、カナガシラ。ご当地ニュースもカナガシラで賑わっています。

毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20170201/ddp/041/040/036000c

長崎新聞

https://this.kiji.is/727711857730617344?c=39546741839462401

カナガシラ(金頭)という名前から金運がつく縁起物だから節分に食べている、という説をチラホラ見かけます。名前から験を担ぐという考え方も日本人らしくて面白いと思います。

しかし、標準和名がカナガシラに定まる以前から長崎県では節分にこの魚を食べる風習はあったのではないかという疑問も残ります。

カナガシラの長崎県での地方名は「ガッツ」といいます。ではガッツがつくのでしょうか?(これは冗談です)

 

節分のカナガシラは食べれば邪気を祓う魚と言われています。(上にリンクを貼った長崎新聞の記事では邪気を祓う説と金運説の両方に言及しています。)

日本をはじめ、アジアのいくつかの国では赤い色は古来より邪気を祓う色とされてきた歴史があります。カナガシラの真っ赤な体色が邪気を祓い、縁起が良いとされてきた説の方が歴史が古いようにも思われます。

 

お食い初め

お食い初めの魚といえば、鯛です。関西では蛸を使う事も多いです。他に鯉や蛤など。

カナガシラを使う地域もあります。

皇室のお食い初めにあたる「箸初めの儀」ではカナガシラが使われます。2007 年1月13日の朝日新聞によれば悠仁親王の箸初めの儀でもカナガシラが使われたと報道されています。

カナガシラは頭がとても硬い魚なので、歯固めの石と同じ役割で、丈夫な歯が生えますようにという願いを込めて用いられます。

又、赤ちゃんのまだ柔らかい頭が、カナガシラのようにしっかり固まりますように、という意味合いの事もあります。

 

大塩平八郎

さて、とっても硬い頭をもつカナガシラ。ヘルメットのような頭骨が硬い上に、エラブタや目の上にトゲまでついています。

ところが、大塩平八郎はカナガシラの頭を「ワリワリ」と噛み砕いてしまったという記録が残っています。

飢饉に苦しむ庶民に対して何もしない幕府への怒りを、おかずに出てきたカナガシラの頭にぶつけたのだそうです。

恥ずかしながら大塩平八郎の事をあまり知らなかったので調べ直しました。なかなか性格の激しい人だったのですね。火薬を爆発させて派手な最後を遂げてるし…(笑)

 

生態

カナガシラの見た目でまず、目を引くのは脚(指?)があることでしょう。海底を這い回るのに便利なように胸鰭の一部が変化したものです。脚を使って、ゴソゴソと這い回る姿はユーモラスでとても可愛いです。

この脚の先は感覚器になっており、味覚を感知します。海底の砂の中の甲殻類を見つけて食べるのに役立っています。

近縁種のホウボウも同じく脚のようなヒレを持っています。

ホウボウとカナガシラの見分けポイントは胸鰭の色です。ホウボウは胸鰭を広げると目が覚めるような青い色をしています。それに対して、カナガシラのヒレは体色と同じ、赤みがかったオレンジ色です。

どちらも根魚特有の旨味があって、本当に美味しいお魚です。

 

参考HP

毎日新聞

https://mainichi.jp/articles/20170201/ddp/041/040/036000c

長崎新聞

https://this.kiji.is/727711857730617344?c=39546741839462401

仕出し割烹 しげよし

https://www.shige44.jp/fs/shigeyoshi/c/okuizome_ritual

幸田成友大塩平八郎」86


Kc¬Fu彪Yv86

ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑

https://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%82%AC%E3%82%B7%E3%83%A9

 

 

 

 

マトウダイと聖ペテロの話


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大きな口に長くたなびく背ビレ。全身をぐるり取り囲むようにとげが囲み、その真ん中に目を引く黒い紋様。絶大なインパクトのある御姿の魚、マトウダイ


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漢字では「馬頭鯛」と書きます。この魚の口は摂餌の際に大きく前方に伸びます。その顔が馬のようだから、という理由で名付けられたようです。「的鯛(マトダイ)」と呼ばれる事も多く、これは体の模様が的に見えるから、という理由です。こちらの方が分かりやすいですね。


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さて、このマトウダイ、日本ではあまり一般的ではない魚だけれども、フレンチやイタリアンでは高級食材として重宝されている魚です。フランス語での名前を「saint-pierre(サン・ピエール)」、イタリア語での名前を「Pesce san pietro(サン・ピエトロ)」といいます。いずれもキリスト教の聖人ペテロを指す名前です。


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マトウダイの側面の模様は、聖人ペテロがこの魚を持った時の指の跡が残ったもの、と言われています。聖書に出てくるエピソードはこのようなものです。

 

マタイによる福音書17章27節
に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、あなたと私の分として納めなさい。
(新共同訳)

 

「湖」とあるのは、翻訳によっては「海」とされている事もあるようですが、いずれにせよガリラヤ湖(ティベリアス湖)であるとされています。

ガリラヤ湖は淡水の湖です。


マトウダイ海水魚

 

実は、この湖にはセント・ピーターズ・フイッシュと呼ばれるティラピアの仲間が生息しており、聖書の魚はこちらの魚であるとされています。

どうやらマトウダイの方は、後の時代の人々が側面の模様と聖書のエピソードを結びつけて名付けたもののようです。

 

 

以上のエピソードはネット上で書かれたものを目にする機会はあったのですが、元となる情報がわからずにいました。

英語版ウィキペディアによると、この本の中で言及されている内容なのだとか。

英語なので私は読めません、すみません。

 

Fish Behavior in the Aquarium and in the Wild (Comstock Books)

Fish Behavior in the Aquarium and in the Wild (Comstock Books)

  • 作者:Reebs, Stephan
  • 発売日: 2001/10/01
  • メディア: ペーパーバック
 

表紙かわいい…

 

参考文献

新約聖書 新共同訳

 

参考HP

ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑

https://www.zukan-bouz.com/syu/%E3%83%9E%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%80%E3%82%A4

英語版ウィキペディア

https://en.m.wikipedia.org/wiki/John_Dory

 

 

 

 

冬至の日の雑談

「かぼちゃよかぼちゃ、かぼちゃさん。馬車になって私を素敵な王子様の所へ連れて行っておくれ」

プリンセスは言いました。

するとかぼちゃは答えました。

「無理。」

プリンセスは髪を振り乱し、斧を掴むとかぼちゃ目がけて振り下ろしました。

あわれなかぼちゃは真っ二つ。

プリンセスはそのままかぼちゃを一口サイズに切り刻み、出汁と砂糖みりん醤油で味付けし、一切れ残らず食べてしまいましたとさ。

 

今日は冬至です。

嬉しすぎて、謎の昔話を捏造してしまいました。こんな話、どこにも伝わっておりません。


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私は冬至が大好きでして、個人的にはクリスマスよりもおめでたいと感じているくらいです。

 

これまで日を追うごとに短くなっていった日照時間が、今日を折り返し地点に少しずつ長くなっていきます。

現在の暦の上では節目でもなく、何だか中途半端な日付けだし、祝日でもありません。

ですが、大自然の感覚でいえば一年の始まり(もしくは終わりかその両方)だと思うのです。

 

古代世界では太陽を神として、大いなる自然の力を敬う信仰が多くありました。当然、夏至冬至は重要な日となったはずです。

いろいろな儀式や風習があった事でしょう。

それに伴う特別な食べ物や飲み物もあった事でしょう。

そのいくつかは歴史に埋もれて姿を消し、またそのいくつかは姿を変えつつ現在にも伝わっているはずです。

 

そういった事をいろいろ調べていきたいと思いつつ、まだ調べていません。

 

今日はとりあえず、現在日本では定番となっている風習にしたがって、かぼちゃを食べて柚子湯に浸かります。


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ルジェという魚の話


フランスでルジェ(rouget)と呼ばれる魚があります。名前から予想出来る通り、赤味がかった色が美しい魚で、フランス料理の高級食材です。
これはヒメジの仲間の
ストライプド・レッド・マレットという魚です。



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(ちなみにrouget poissonで検索をかけると、様々な色合いのヒメジの画像が出てくるので、ヒメジ科の他の魚もルジェとして扱っているのかもしれません)

 

rouget grondin(カナガシラ)と区別するためにrouget barbetと呼ぶ事もあるようです。

 

少し古い本ですが、ルジェについてこんな面白いコラムを見つけたので、少し長いですが引用したいと思います。

“ルージェは美食を好む古代ローマ人つにとっては、豪華な食卓、宴会に欠かすことのできない魚でした。
風味ばかりでなく、その優雅なすがたと美しい色も賛美の対象となり、彼らはルージェを両手で包むようにして窒息させ、パープルから、バイオレット、さらにライトブルーへと刻々と微妙に変化する色合いを眺めて楽しみました。
食卓の上で薪を燃やし、透明なガラス器に入れたルージェをその上にかざします。そして、ルージェが熱せられて死んでいくと同時に、さまざまに色を変えていくのを、みんなで嘆声を発しながら見物するのです。
それは見て美しいスペクタクルであるばかりでなく、卓上で調理された新鮮なルージェを賞味するにも都合のいい方法だったわけですが、その美学はちょっぴり残酷にも感じられますね”

食卓のエスプリ フランス料理の本②魚介料理
辻 静雄 監修 講談社
昭和56年9月7日 第1刷発行

 

このコラムの内容が参考にしている歴史的資料が何であるかは分かりません。
『アピキウス』?プリニウスの『博物誌』?
それともタキトゥスやスエトニウス?
(ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教授頂ければ幸いです。)

 

さらに、ここに書かれている通りに調理したとして、気になるのはウロコや内臓です。ヒメジのウロコは大きいし、胃の内容物は海底の海老や虫。
大変、食べにくい物になりそう…。

 

しかし、古代ローマ帝国でヒメジが食べられていた事は確かなようです。
紀元前3世紀ごろのモザイク画にも、ヒメジの仲間特有の顎ひげをもつ魚が描かれております。

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National Roman Museum所蔵のモザイク画より模写

ヒメジの仲間は下顎の先に、二股に分かれた顎ひげをもつのが特徴です。顎ひげは味覚や触覚で餌を探すための優れた感覚器なのだそうです。

ところで、日本ではルジェを使ったフランス料理を作るときには、流通量が安定しないヒメジに変わってイトヨリで代用する事も多いようです。赤味がかった皮目の色と柔らかい白身の食感が似ているためです。f:id:nyakomeshi:20201215102428j:image

さて、このルジェの料理ですが、三枚に卸してソテーやポワレにする事が多いです。

少し手の手の混んだ料理になると、ジャガイモを薄く桂剥きにし、さらに丸く型抜きしたものをウロコに見立ててルジェの身に貼り付け、フライパンでバター焼きにする料理も定番のようです。

 

 

※※※

この記事は以前にTwitterやnoteに投稿した記事をすごく微妙に訂正して再投稿したものです。

なぜ同じ記事をぐずぐずといろんな所に投稿しているかというと、

どこに投稿するのが一番良いか、まだ分かっていないからです。

twitter用に沢山入れたイラストの、微妙さが際立つ逸品となりました。すみません。

 

 

ヒマラヤ岩塩と恐竜の話





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私は仕込み中にラジオを聴く事があります。NHKの「子ども科学電話相談」はお気に入りで、いつも聴き逃し配信サービスで聴いています。

 

11月22日の放送で、岩塩についての質問がありました。

その時の名古屋市科学館主任学芸員の西本昌司先生のお話はとても興味深いものでした。

以下はその時の会話の一部を聞き書きしたものです。

 

昔ね、インドって別の大陸だったの。恐竜がいた頃はね、ちょっと離れてたの。離れてたってことは、インドとユーラシア大陸の間には海があった、って事。

インド大陸がだんだん北に動いてって、ユーラシア大陸に衝突したの。そしたら間にあった海がだんだん陸になって、蒸発しちゃったの。

それで、最後には間にあった地層が、お塩と一緒に山の上までギューッって盛り上げられちゃったの。すごいよね。

だから、今食べてるヒマラヤ岩塩ってのは、たぶん、恐竜時代の海の味だよ。

そう思うとさ、なんか、大事に食べないといけないな、と思わない?

だからさ、これから岩塩食べる時には、大昔の海の味なんだな、と思って食べて下さいね!

 

 

恐竜のいた時代の海の味。

なんという壮大なロマン。

 

調べてみると、インドとユーラシア大陸が衝突したのは約4000万年前。恐竜が絶滅したのは、6550万年前。少し時期にズレがあるようです。この頃にはインドとユーラシア大陸の間にあった海、テーチス海は徐々に干上がり始めていたのでしょうか。

 

アンモナイトの化石がエベレストから出てくる事はけっこう有名な話です。アンモナイトは恐竜と同じ6550万年前に絶滅してしまいました。

それがエベレストから出てくる、ということはやはり…ヒマラヤ岩塩も恐竜時代の海の塩。そう考えても良いのかもしれません。

 

ヒマラヤの岩塩。

地球の歴史を感じながら、いただきます。f:id:nyakomeshi:20201212022144j:image

 

 

 

 

参考HP

子ども科学電話相談https://www4.nhk.or.jp/kodomoq/

JAMSTEC国立研究開発法人海洋研究開発機構のHPよりhttp://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/quest/20150212/

 

参考文献

生命38億年の秘密がわかる本 学研プラス

生命38億年の秘密がわかる本

生命38億年の秘密がわかる本

  • 発売日: 2017/03/16
  • メディア: 単行本
 

 

鮭の祟りと鮭供養の話

各地の鮭漁もピークを迎え、スーパーの店頭にも秋鮭の切身が並んでおります。

鮭は昔から日本人に馴染みの深い魚でした。

さて、鮭のレシピとかではなく、いきなり民話や伝承の話になって恐縮ですが、鮭の美味しい食べ方はすごいいっぱいあるので、適当にググっていただければと思います。




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[:contents]

はじめに

日本人に馴染みの深い生き物は色々な民話に登場します。

時には言葉を話したり、不思議な力をもったり、化けたりもします。

動物で言えば狐や狸。ほかには蟹とか、蝦蟇とか、蜘蛛とか。

鮭も例外ではありません。

鮭に関する伝承は驚く程たくさんあり、調べていてキリがありません。

 

鮭の大助

鮭の大助(オースケ)という大きな鮭の民話があります。

むかしむかし、山あいの村に暮らしていた男がおりました。その男はなんだかんだあって、大鷲退治をすることになりましたというのが話の前半部分です。割愛。

鮭が登場するのは話の後半部分で、男は大鷲を退治したのは良いけれど、帰り道が分からない状態になります。

途方にくれていると大助(オースケ)と呼ばれている大鮭が現れて、男を背中に乗せて海を渡り、川を上って男をもとの村に送り届けてくれました。元の村についたのは十月二十日の真夜中でした。

 

この民話は岩手県気仙郡に伝わる話です。それ以来、この村では十月二十日には御神酒やお供え物をして、鮭留め(網で川をせき止め、袋状の網に鮭を追い込む為の仕掛け)を数ヶ所あけて鮭が通れるようにしているそうな。現在はどうなっているのかを調べようと思いましたが、今のところ分かりません。

 

同じ民話は山形県最上町にも伝わっています。細かな設定や登場人物(登場魚)にわずかな違いはありますが、同じ話と言っても差し支えないレベルだと思います。

最上川筋では十月二十日の「鮭の大助」以降でないと鮭漁が解禁にならなかったと伝えられています。現在は違うようです。

 

ところで、この鮭の大助は川を遡上する時に

「鮭の大助、今のぼる!鮭の大助、今のぼる!!」

と大声で叫びながら遡上します。

真夜中に大声で叫びながら通過するだけでも迷惑なのに、その声を聞くと耳が聞こえなくなったり、家が没落したり、死んだりするという、呪いのオマケ付きで、至れり尽くせりです。

 

子分又は奥さん鮭の小助(コースケ)を連れて『オースケコースケ』というコンビを組んで遡上して来る場合もあります。

 

新潟県に伝わる民話では鮭の大助・小助(オースケコースケ)が遡上してくるのは11月15日。

漁師達がその日は祟りが怖いから休むと言っているのに、ブラック上司みたいな長者どんは「休むな、働け!お前らの代わりなんていくらでもいるんだ!」と言ってその日も漁師達を働かせたそうな。

不思議に鮭は一匹も掛からず、漁師達は怖がってみんな逃げてしまい、長者一人が取り残されました。そこへ

「鮭の大助・小助、いまのぼる!!」

 

後味の悪いはなしが続きますが、もう一つ。

 

鮭の祟

千葉県、利根川の話です。

漁師の夫婦が鮭漁の準備をしながら蕎麦を食っていると、旅のお坊さんが現れました。夫婦はお坊さんに蕎麦をご馳走すると、お坊さんは「2、3日は漁をするのは止めたほうが良いだろう」と告げました。

夫婦は約束を破って次の日から漁を始めたら、ものすごい大漁。お祝いをしようと、捕れた中でも特別大きくて美味しそうな一匹の鮭を選び、その腹を裂きました。

中からは蕎麦が出てきました。

それから暫くして、漁師の妻は懐妊しましたが、産まれたのは顔中にイクラのような赤い斑点のある醜い女の子でした。それを見た漁師の妻は恐ろしくて死んでしまいました。

さらにこの醜い娘は旅のイケメン占い師に恋するんだけど逃げられ、娘も死んでしまいました。

救いようのない結末でこの話は終わりです。

 

鮭の祟は怖いですね、恐ろしいですね。

 

でも鮭は食べたいですね。美味しいですね。冬を越すための貴重なタンパク源です。生活の糧です。生業です。鮭を取らなければ。

 

そうだ、供養をしよう。

 

鮭供養

鮭供養の風習は東日本各地に今も伝わっています。

その中の一つに鮭の千本供養があります。

 

山形県飽海郡秋田県にかほ市などの鮭漁が盛んな地域ではいつの時代からか、鮭1000匹の魂は人間一人分に相当すると伝えられてきました。
それ故、鮭が1000匹採れる毎に塔婆を立てたり、お経をあげたりして供養して来ました。

 

その伝統は現在でも形を変えつつ伝わっています。塔婆が石碑に変わるなどしつつも、漁協や生産組合などが地元のお寺と共に鮭供養を行います。
1000匹毎に行うのではなく、漁期の初めに豊漁祈願と共に供養祭が行われたり、漁期の終わりに供養祭が行われたりするようです。


新潟県の村上・岩船地域では11月11日の鮭の日に合わせて「鮭魂祭」が行われます。こちらは神社で神式の鮭供養です。

 

おわりに

神や妖怪は姿を潜めた現在。しかし、いかに世の中が発展しても人間は他の生き物の命を頂いてしか生きられません。

感謝の気持ちを忘れないようにしたいものです。

月並みな言葉でまとめてしまってすみません。

今日の賄いは秋鮭と舞茸のホイル焼き。鮭に感謝しつつ、いただきます。


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鮭に関する民話はとても多く、今回紹介しきれませんでした。アイヌの民話なども含めれば、膨大な数になりそうです。また機会があれば調べて紹介したいと思います。

 

参考文献

動植物供養と現世利益の信仰論
高木大祐 著  慶友社
参考HP
フジパン株式会社 民話の部屋
https://minwa.fujipan.co.jp/s/area/iwate_033/
https://minwa.fujipan.co.jp/s/area/niigata_019/
青空文庫 鮭の祟 田中貢太郎
底本:「日本の怪談(二)」河出文庫河出書房新社 1986(昭和61)年12月4日初版発行
底本の親本:「日本怪談全集」桃源社 1970(昭和45)年初版発行
https://www.aozora.gr.jp/cards/000154/files/3675_11819.html
新潟県のHPより むらかみ・いわふね珍風景
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/murakami_kikaku/1320786092078.html