にゃこめしの食材博物記

YouTubeチャンネル「古代ローマ食堂へようこそ」の中の人のブログ。古代ローマの食文化についての記事を中心に、様々な歴史や食文化について調べて書いているブログです。

古代ローマの謎の調味料リクァーメン

リクァーメンという調味料は古代ローマの食文化の記録において欠かせない存在です。古代ローマのレシピ集アピキウスの『料理書』でも、日本料理のお醤油のように味の基礎となる調味料として使われています。

写真:ポンペイから出土したガルムやリクァーメンを保存していたアンフォラ

しかし、リクァーメンの製造方法については一次資料が乏しく、リクァーメンが何者であったかについては、研究者の間でも見解に差があるようなのです。

以前このブログで紹介したガルムという古代ローマの魚醤があるのですが、リクァーメンもガルムと同じく魚醤である、とする見解が主流なようです。しかし、違うとしている文献もあるのです。

普段私は情報の信頼性を高めたいと、複数の文献を参考にしているのですが、リクァーメンに関しての記述はそれぞれ少しづつニュアンスが違いました。

それらを比較して考えてみたいと思います。 

ガルムとリクァーメンは同じものだとする本
古代ローマの食卓』

ギリシア語でガルム、ラテン語でリクァーメンだとする本、
『アピーキウス古代ローマの料理書』

両者を区別せず、どちらも「魚醤」と書いてある本。
『シーザーの晩餐』

ガルムはアンチョビーソースのようなものでリクァーメンは塩水に若干の風味をつけたものだとする本
古代ローマの饗宴』

リクァーメンをだし汁(Broth)だとする本。
『Cookly 』

手元にある本だけでも、実に様々です。
しかし、やはりガルムとリクァーメンはほぼ同じものだとする文献のほうが多いようです。

アピキウスの『料理書』ではリクァーメンは主に塩味をつけるために使われており、塩とリクァーメンの両方を使うレシピはわずかしかありません。

お醤油文化圏の日本人にとっては特に違和感がないように感じますが、
風味と塩味のバランスとしては、やや塩味に重きを置いた調味料だったのかもしれません。

写真:参考文献の一部

即席ガルム―文献に基づいて古代ローマの調味料を再現

どうも、にゃこめしです。
古代ローマの調味料、ガルムやアレック、リクァーメンに関する記事をいくつか投稿してきました。
しかし、ガルムの製造方法は分かっているものの、作って試してみるわけにはいきません。
理論上は大丈夫なハズですが、衛生的な設備も、安全管理も、品質検査もできない状況で個人が作ったものは食中毒のリスクが高すぎます。
そこで今回はキチンとした文献資料に基づきつつも、個人でも安全に作れそうな古代ローマの即席ガルムを再現してみたいと思います。

10世紀のビザンツ帝国、皇帝コンスタンティノス7世の時代に編纂された『ゲオポニケ』という農業書があります。
ここには古代ローマ古代ギリシアの農業に関する知識が集められており、
その中にはなんと、家庭で作ってすぐに使える即席ガルム(又は即席リクァーメン)の作り方も書かれているのです。
その内容とは、こうです。

海水に卵一個を投げ入れて浮かんでくるかどうかを試し、塩分の強さを見る。
沈むようであれば塩分が足りない証拠である。新しい素焼きの土器にこの塩水と魚を入れ、オレガノを加え、よくおこった火にかけて沸騰させ、煮詰まってくるまで煮続ける。ここに濃縮ブドウ酒をいれる人もある。冷ましてから、汁が済んでくるまで二、三度濾し、封をして貯蔵する。

これなら火を通すので食中毒の心配はなさそうです。
早速試してみました。

材料

水500ml、塩150gくらい、イワシ200g、オレガノ(乾燥)10g

まずは、水500mlに塩を10gずつ足していき、どこで卵が浮くのかを試してみました。
古代の卵は今より小さかったハズなので、なるべく小さい、Mサイズのものを用意しました。
鍋に水500mlを入れ、どんどん塩を足していきますが、なかなか卵は浮きません。
途中で塩が溶けにくくなってきたので、水を少し温めながら溶かしました。
水500mlに対して塩を150g溶かしたところで、卵が浮くようになりました。
ちょっと見えにくいですが、卵が浮いている様子がおわかり頂けるでしょうか?

少し大きめの鍋に先程の塩水を入れ、イワシ200gとオレガノ10gを加えて、火にかけます。

沸騰したら弱火にして、そのまま20分程煮詰めていきます。
ものすごい量の塩が鍋肌にくっつきます。
20分経ったところで、ザルの上にキッチンペーパーを敷き、鍋の中身を濾していきましょう。

カメラが曇って、不鮮明な写真になって申し訳ありません…
イワシと一緒にすごい量の塩が濾し取られてしまいました。
先ほどあんなに塩を足したのに、なんだかもったいない気分です。
あれ程までに濃い塩水を作る必要性があったのかは謎ですが、なるべく塩分を濃く保つことで保存性を高めているのかもしれません。
濾した後の即席ガルムは粗熱を取った後、清潔な瓶などに入れて冷蔵庫で保管し、なるべく早く使い切りましょう。

さて、即席ガルムの味ですが、かなり塩味が強いです。
強すぎる塩分に押され気味ですが、イワシの旨味もほのかに感じられます。
オレガノイワシの生臭さを消して、すっきりとした風味を付け加えてくれます。
しかし、即席ならではの欠点もありました。
ゆっくり熟成発酵させた魚醤のような複雑かつ濃厚な旨味はありません。
前回の記事で様々な魚醤の味の感想をグラフにしましたが、この即席ガルムの味の印象をそのグラフに落とし込むとすると、この辺りでしょうか?

グラフからはみ出てしまいました。 

熟成発酵させていないので旨味の元となるアミノ酸発生させる工程がないため、塩分とのバランスが悪く、ちょっと塩味がキツすぎる印象です。
古代ローマの料理を試してみたい場合、やはりしょっつるやコラトゥーラなどの魚醤を買ってきたほうが、美味しく出来上がります。

興味のある方は、ぜひ試してみて下さい。(魚醤を買った方が美味しいですが…(笑))

 

様々な魚醤の味と感想をまとめて比較してみた

どうも、にゃこめしです。

私は魚醤の味比べをするのが好きでして、魚醤を見つけるとすぐに購入してしまいます。

今回は、コレクションを整理しつつ、味の印象を紹介していきたいと思います。

よしる
産地:石川県能登半島
原材料:イワシ
どっしりとした深みのある味わいです。塩分は魚醤の中では控えめ。f:id:nyakomeshi:20230612031837j:image
いしる
産地:石川県能登半島
原材料:イカ
深みと重みのある味わいで、イカの風味が突出しています。大根の煮物や炊き込みご飯に使います。あと、個人的には人参の炒め物に使うのがおすすめです。

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サバのいしる
産地:石川県能登半島
原材料:サバ
いしるはイワシイカで作られたものが多く、サバは珍しいです。
風味が強すぎず色も濃くならないので薄口醤油のように使えます。

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メギスのいしる
産地:石川県能登半島
原材料:メギス
メギス独特の白身の旨味が魅力的。焼き魚のような香ばしいさが感じられます。
イワシのいしるよりも軽やかな味わいで、塩味が引き立っています。f:id:nyakomeshi:20230612131652j:image

しょっつる
産地:秋田県
原材料:ハタハタ
突き抜けるような塩味と旨味の効いた、はっきりした味わい

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鮭の魚醤
産地:新潟県村上市
原材料:サケ・脱脂加工大豆・小麦
鮭と一緒に大豆や小麦もつかわれており、魚醤とお醤油のハーフのような存在です。
酸味の効いた薄口しょうゆのような味わいの中に、鮭の旨味が溶け込んでいます。
新潟県村上市は鮭供養をおこなうことでも知られる地域なので思い入れがあります。

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コラトゥーラ
産地:イタリアシチリア州
原材料:カタクチイワシ
しょっつるに似た塩気とサッパリした旨味。明るく、華やかな風味。アンチョビーソースの代わりにピザやパスタにも合います
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ナンプラー
産地:タイ
原材料:イワシ
甘さやアミノ酸が足されている商品が多く、親しみやすい味わいです。メーカーや商品によっていろいろなナンプラーがありますが、この商品はだし醤油やめんつゆのような万能調味料といった側面が強いかも。f:id:nyakomeshi:20230612032242j:image

ヌクマム
産地:ベトナム
原材料:海水魚
翻訳アプリなどを駆使して原材料を調べたのですが、やはり海水魚としか書かれておらず、詳細はわかりません。パッケージのイラストはサバに見えます。
塩味も魚の風味もかなり強め。タイのナンプラーとは違い、ヌクマムはシンプルな調味料という印象のものが多い気がします。f:id:nyakomeshi:20230612032607j:image

最後に、魚醤の味の印象をグラフにまとめてみました。
味の基準として定番のお醤油であるキッコーマン濃口醤油をグラフの基準値にしています。私は関西人なので大好きなヒガシマルの薄口醤油も同じくグラフに書き入れてます。

ちなみに、魚醤は基本的にお醤油より塩分濃度が高めとなります。

縦軸が塩味の強さ、横軸は旨味や風味の強さです。なお、これは測定した数値ではなく、完全に個人の感想になりますのでご了承下さい。



アレック―古代ローマの珍味・塩辛

古代ローマの調味料であるガルム(魚醤)を作った際の副産物として、濾しとった後の滓が残ります。

それがアレックです。

博物学プリニウスはアレックについてはこう述べています。

アレックはガルムの滓だ。まるまるのものでもなく濾されたものでもない滓だ。
これはまた他に用いどころのない小さい魚によって作ることが始まった。
中略
それからアレックは一種の贅沢品になった。そして無数の種類がつくられるようになった。
中略
かくしてアレックはカキ、ウニ、イソギンチャク、ボラの肝臓などでつくられ、あらゆる口に適するような塩が無数の方法で腐らされるようになった。
文化人の贅沢な味覚にはこれら付随的な記述で十分としなければならない。

アレックは最初はガルムの副産物的な位置付けだったものの、いつしかアレックそのものを味わうようになったことが伺えるような記述です。美食家達は様々な食材で作られた珍味を求めたのでしょう。

(もちろん、庶民のための安いアレックもありました。そちらはあいかわらず、ガルムの副産物という位置づけ)

アレックは魚介類と塩を混ぜ合わせ、熟成発酵させるという製造方法から、日本の塩辛のようなものであったといわれています。
美食家アピキウスはヒメジの肝でアレックを作るのが特に望ましい、と述べました。

なんだか日本酒に合いそうですね…

プリニウスはアレックは医療にも若干の用途があり、このような時に使われたと記しています。

  • ヒツジに疥癬ができたとき
  • イヌやウミヘビに噛まれたとき
  • ワニに咬まれたとき
  • 拡大する悪臭のある潰瘍
  • 口または耳の潰瘍
  • 赤痢、腸の腫瘍、坐骨神経痛
  • 慢性腹部疾患に注入される…(注入?)

もちろんこれらは古代の民間療法であり、現代医学の視点から見ればおかしなものばかりです。効果がないどころか場合によっては症状を悪化させそうなものも含まれていますので、絶対に実践しないで下さい。

それにしても、お尻にアレックを注入…

下の写真は私の持っている中で、最もアレックに近そうな食材。ベトナムの魚の塩辛で、イエローフィンバルブというコイの仲間の小魚が使われています。

参考文献/
プリニウスの博物誌
中野定雄・中野里美・中野美代訳 雄山閣

日本の魚醤の製造方法と歴史について

どうも、にゃこめしです。
前回は古代ローマの魚醤、ガルムについて書きました。

今回は比較と参考のために、日本の魚醤の製造過程を調べてまとめてみました。石川県能登半島には伝統的に作られてきたいしるという魚醤があります。いしり、よしると呼ばれる事もあります。f:id:nyakomeshi:20230612020055j:image
イワシのいしるの作り方はこうです。

  1. 頭や内蔵つきの丸ごとのイワシを、20%位の食塩とともに漬け込む
  2. 時々攪拌しながら桶の中で、半年から1年程度熟成・発酵させる
  3. できたイシルは桶の下に溜まるので、桶の下の栓を抜いて取り出し、
  4. 煮沸して殺菌・ろ過・ビン詰めなどの工程を経て出荷

昔は各家庭で作られるものだったようで、晩秋から初冬(11月頃)にかけて仕込み、翌年の晩夏から初秋にでき上がったそうです。

一方、秋田県しょっつるはハタハタなどの魚が使われます。

30~40%の塩と一緒に漬けこみ、攪拌しながら1、2年常温で熟成発酵させたのち、煮沸・濾過・瓶詰めなどの工程を経て出荷されます。
商品にもよりますが、いしるよりしょっつるのほうが塩分濃度が高い傾向にあるようです。

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これらの魚醤は、原料となる魚介類に食塩を加え、高塩分濃度で腐敗を抑えながら、魚介類が元々持っている自己消化酵素により1年以上の時間をかけて分解されていくことにより出来上がります。
その時に魚介類のタンパク質の一部が分解され、アスパラギン酸グルタミン酸などのアミノ酸が生成されます。
これが魚醤の独自の旨味を作り出すのです。

日本で最古の魚醤・塩辛に関する記録は、奈良の藤原京跡から発掘された木簡です。
地方から税として納められた品物の荷札に「鯽醢(ふなのひしお)」と書かれていたそうです。
藤原京に宮廷があったのは694年から710年の間です。鯽醢(ふなのひしお)はこの間に納品されたものですが、魚醤・塩辛はもっと前の時代、文字記録に残らない時代から日本で食べられていたとされています。

 

参考HP/
(株)ぶなの森
https://bunanomori.com › plofile02
能登の魚醤「いしり」とは-2(製造法・料理法・世界の魚醤)

中央水産研究所
http://nrifs.fra.affrc.go.jp › syottsuru
しょっつる:水産加工品のいろいろ

参考文献/
日本の食文化史―旧石器時代から現代まで
石毛直道 岩波書店

 

ガルム―古代ローマの調味料―

古代ローマの料理にはかかせない調味料があります。その名はガルムといいます。これらは日本料理のお醤油のように、古代ローマ料理の味の基礎をつくりだすものでした。f:id:nyakomeshi:20230608220244j:image

ガルムとは魚と塩を漬け込み、熟成発酵させて作った魚醤の事です。
欧米の研究者達は魚を発酵させるという製造方法にとても抵抗があるらしく、しばしばガルムは「臭い」と表現されます。
しかし、私は他民族の食文化を「臭い」と表現する事は好みませんので、ここでは「臭い」という言葉はなるべく使わずに説明していこうと思います。

ガルムについての記述が残っている一次資料はいくつかあります。
そのうちの一つは博物学プリニウスの『博物誌』で、その製法は以下の通りです。

ガルムと呼ばれるもので、魚の臓腑と、普通には屑と考えられる他の部分でできている。これらのものを塩に漬ける。だからガルムは本当はこれらのものが腐敗して生じた液なのだ。

この説明ではあまり美味しそうに思えませんね。
しかし発酵も腐敗も微生物や酵素の力で有機物が分解され、別の物質に変化することです。
それが人間にとって有用な場合は発酵、有害な場合は腐敗と呼び分けているに過ぎません。
プリニウスの記述通りだと、ガルムは魚を塩漬けにして発酵させた調味料だということになります。

プリニウスはさらにこう記述しています。

今日ではもっとも人気のあるガルムはカルタゴの漁場のサバで作られ、1000セステルティウスが約2コンギウスの魚と交換される。ほとんどどんな液体も、軟膏を除いては、これ以上に高い値を呼ぶものはなく、それを作る国民にとって名誉にすらなっている。

1コンギウスは約3.2㍑。兵士の1年分の給料は約900セステルティウスです。
つまり、カルタゴ産のサバのガルム6.4㍑は兵士の1年分の給料より高かったことになります。
ガルムはローマ帝国のあちこちで作られていましたが、名産地のガルムはかなりの高級品だったようです。
ガルムは魚と塩の他に、ハーブなどを加えて味を整えたものもありました。プリニウス曰く

ガルムは混ぜ物を加えて、古いハチ蜜ブドウ酒の色をしたものや、大変美味で飲むことができるものもできた。

他の資料からもガルムはどんな調味料だったか見てみましょう。もう一つご紹介する資料は10世紀の東ローマ帝国で皇帝コンスタンティヌス7世によって編纂された農業書である『ゲオポニカ』です。古代ギリシアやローマの農業に関する記述を集めたこの本には、ガルムの作り方も書かれています。
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魚の内蔵を容器に入れ、塩をふる。ここに小魚を一緒に入れて塩を加え、天日の下で乾かし、度々容器を揺り動かす。
太陽熱のために、魚が乾燥してくると、目の詰まった籠に入れ、流れ出る汁を集めてガルムを濾しとる。

とあります。
どれくらい発酵・熟成させたのかは書かれていませんが、時間をかけて作られたのだろうといわれています。

日本を含めアジア地域の色々な国では現在も様々な魚醤が作られています。
ところがヨーロッパ地域ではローマ帝国の滅亡と共にガルムなどの魚醤の食文化もなぜか消滅してしまいました。
今ではイタリアのごく一部の地域でコラトゥーラという魚醤が作られている程度です。

参考文献/
アピーキウス古代ローマの料理書
ミュラ・ヨコタ宣子 訳・編 三省堂

プリニウスの博物誌
中野定雄・中野里美・中野美代訳 雄山閣

古代ローマの食卓
パトリック・ファース著 目羅公和訳 東洋書林

画像/
WikimediaCommonsより

 

ウズラで代用して再現した古代ローマのヤマネ料理

どうも、にゃこめしです。

今回は古代ローマの驚くべき食材の中でも特にインパクトの強い、ヤマネ料理を再現してみたいと思います。

まずはレシピの確認です。参考文献によるとヤマネのレシピは以下の通りです

ヨーロッパヤマネの四肢の肉全部を豚の肉団子1個、胡椒、松の実、ラーセル、リクァーメンと一緒にすりつぶし、これをヨーロッパヤマネに詰め、縫い合わせて、オーブンに入れて焼く。

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なお、アピキウスの料理書には材料の分量も、詳しい調理手順も書かれていません。料理人によって少しづつ再現される料理が変わってきます。
この先は、私が作るとどうなるのか、という視点でご覧頂ければと思います。

材料とその代用品

まずはヤマネです。資料ではヨーロッパヤマネとなっていますが、ヤマネに詳しい方に教えて頂いたところ、食用になるのはオオヤマネである、との事でした。ヨーロッパの一部地域では近年までオオヤマネを食べる食文化が残っており、現在でもクロアチアの一部では食べる事ができるようです。
f:id:nyakomeshi:20230516004157j:image画像WikimediaCommonsより

しかし、当たり前ですがオオヤマネは食材として流通しておらず、手に入れる事はできません。(ペットとしては希少ながら流通しているようです)
日本のヤマネも天然記念物ですから、もちろん捕ったり食べたりしてはいけません。
いろいろ考えた結果、今回は代用品としてウズラを用意しました。

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次に、ラーセルです。ラーセルピティウム、又はギリシア語でシルフィウムと呼ばれる事もあります。これはセリ科オオウイキョウ属の植物の樹脂から抽出された調味料です。この植物は残念ながら皇帝ネロの時代に絶滅してしまったといわれており、その後は代用品としてアサフェティダという植物が用いられてきました。これはインド料理などで使われているヒングというスパイスです。ガーリックパウダーで代用してもかまいません。f:id:nyakomeshi:20230516005848j:image

リクァーメンというのは古代ローマの魚醤の事です。今回はナンプラーで代用します。

材料

ウズラ4~8羽

豚ひき肉150g

松の実15g

ナンプラーまたは魚醤何でも 大さじ1

ヒング又はガーリックパウダー 耳かき1杯

作り方

1.ウズラの頭と足先を切り落とし、内蔵を取り除いて水洗いしておきます。f:id:nyakomeshi:20230516005051j:image

2.ヤマネの四肢の肉を豚の肉団子と一緒にすり潰す、とありますので、ウズラの手羽先と足を切り落とし、骨ごと叩いてミンチにします。

3.松の実15gをすり鉢ですり潰しておきます

4.豚ひき肉150gに3の松の実とヒング又はガーリックパウダーを加えます。ヒングを使う場合は風味が強いスパイスなので、入れすぎに注意しましょう。

5.4のひき肉に先ほどの叩いておいたウズラの肉と大さじ1のナンプラー(又は各種魚醤)、胡椒少々を加えます。

6.粘りが出るまで混ぜ合わせます。

7.一口サイズの肉団子を作り、内蔵を取り出して開いておいたウズラに詰めて形を整えます。

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8.210℃に熱したオーブンに入れ、まずは10分焼きます。

9.焼け具合を確認し、ひっくり返します。
ここで、お好みで蜂蜜をワインで薄めたタレを塗り、ケシの実を振りかけます。f:id:nyakomeshi:20230516005642j:image

10.再びオーブンに入れ、さらに10分焼きます。中心まで火が通り、表面がパリッと焼き上がっていれば完成です。f:id:nyakomeshi:20230516005510j:image
手順9の蜂蜜を塗り、ケシの実を振りかける部分はアピキウスの料理書のレシピには書かれていません。

しかし、古代ローマに多少詳しい方なら、ヤマネ料理といえばペトロニウスの小説『サテュリコン』の一場面、『トリマルキオの饗宴』をご存じかもしれません。そこには蜂蜜を塗って、ケシの実をまぶされたヤマネ料理料理が登場します。
せっかくなのでそちらも再現してみようという試みです。
今回は半分に蜂蜜を塗り、残り半分はアピキウスの料理書通りのレシピにそのまま焼き上げてみました。

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試食と感想

ヤマネで作ると一口サイズの大きさになる筈なのですが、ヤマネの代わりにウズラを使ったので大きさは2、3倍になってしまいました。
手で持って、丸ごとかぶりつきます。

皮は風味がよく、骨はパリパリとした食感です。一方、中の肉団子はしっとりジューシーで、2つの異なる食感が食べたときの楽しさを演出します。
骨ごと叩いて肉団子に混ぜたウズラの手足が、肉団子のなかでプチプチとした食感のアクセントとなり心地よいです。
ヒングというスパイスは、驚くほどの風味の豊かさです。ニンニクもタマネギも使っていないのに、香味野菜のような奥行きのある味わいとなりました。

それから、蜂蜜とケシの実です。
皮に塗って焼いた蜂蜜は予想を上回る美味しさです。もっとたっぷり濃いめに塗ればよかったです。

今回はヤマネを食べることは出来ませんでしたが、きっと美味しかったんだろうな…と思える一皿に仕上がりました。f:id:nyakomeshi:20230516003344j:image

参考文献/ミュラ=ヨコタ宣子訳 『アピーキウス古代ローマの料理書』三省堂