前回に引き続き今回も、豚と古代ローマというテーマにまつわるエピソードの数々を紹介していきたいと思います。
古代ローマで豚がいかに愛されたか、それは数々の記録から伺えます。
博物学者プリニウスは豚についてこのように書いています。
“どんな動物でも豚くらい多くの材料を飲食店に提供しているものはない。すべての他の肉はそれぞれ1つの風味しかもたないが、ブタは50の風味を持っている”
古代ローマのレシピ集であるアピキウスのの『料理書』では丸焼きから薄切り肉にはじまり、胃袋、腎臓、イチジクで肥育したレバーなど内蔵を使ったレシピ、
さらには鼻やしっぽや足、未分娩の子宮や乳房など様々な希少部位のレシピが記述されています。
古代ローマの人々は特に雌豚の希少部位を珍重しました。
再びプリニウスの記述に戻るとそこにはもはやマニアックな性癖ではないかと思うほどの、食材へのこだわりが記述されています。
“雌ブタの胃はうまく分娩した後よりも流産した後のほうが味が良い。初めて出産しつつある雌ブタの胃は最上で、分娩で精力を失ってしまった雌ブタのそれは反対だ。分娩した後、その同日に殺さなければ胃は悪い色になり、脂肪もなくなる。”
“分娩の翌日殺されたブタの乳房は最上だ。もっともそれがまだ授乳していなければだが。流産した雌ブタの乳頭は最悪だ”
女性の方、ご気分を悪くされたらすみません。しかし、雌ブタに対する残酷な記述はまだあります。
“雌ブタはラクダと同じ方法で卵巣を抜かれる。すなわち、二日間絶食させた後、前脚に寄って吊り下げ子宮をえぐり出す。そうするとそれらはずっと早く太る”
“ガチョウの肝と同じように雌ブタの肝を処理する方法がある。それはマルクス・アピキウスの発明で雌ブタは干しイチジクをたらふく食わされ腹一杯になったところで、蜂蜜酒を飲まされて直ちに殺されるのだ”
美食家達はブタはこのように肥育したり、肝臓をフォアグラ状態にして食べたようです。
ローマ人、豚に対する愛が深すぎるあまり、若干歪んでいるような気がします。
もちろん、このような特殊なブタの飼育は一部のものであったと思われます。
もう少し健康的に豚を太らせる方法もありました。
“ブナの実を飼料にするとブタが元気になり、その肉は調理しやすいし、軽くて消化もよい。カシワの実をやると、ブタは重くころころになる”
イベリコ・デ・ジョータと呼ばれる高級なイベリコ豚など、ドングリを食べさせて美味しい豚を育てる方法は現在でも使われていますね。
古代ローマの皇帝達もも豚肉に関するエピソードを残しています。
紀元40年、ユダヤ人の使節が自分達の権利を訴えるために3代目皇帝のカリグラの元へやって来た時の事です。
カリグラは別荘を贅沢にあつらえる事に夢中で、必死に訴えるユダヤ人使節の方を見向きもしなかったといいます。
そして、使節の方へ向き直ったと思うと一言、こう言ったそうです。
「なぜお前たちは豚の肉を食べないのか?」
カリグラと同じく狂気のエピソードの多い少年皇帝、ヘリオガバルスは美食家アピキウスに影響を受け、豪華な饗宴を開いたといわれています。その食材はラクダの足やフラミンゴの脳などといわれていますが、数々の珍味と並んで豚料理も提供されています。文献によると
“彼は10日間立て続けに野生の雌豚の乳房に子宮が付着しているものを一日30頭ずつ供した”
だそうです。
アピキウスの料理書にもウィテリウス風の子豚やトラヤヌス風の子豚など皇帝の名が着いた子豚料理のレシピが収録されています。
古代ローマの豚料理といえば、小説『サトゥリコン』に書かれているものも有名です。
成り上がり者で金持ちのトリマルキオという人物が開く饗宴は、招待客を驚かせるための工夫を凝らした料理が次から次へと出てきます。
その饗宴で提供された豚の丸焼きは、腹を割くと中から内臓に見立てたソーセージがこぼれ出てくるのでした。
古代ローマ人、豚が好きすぎですが、やはりその愛情はちょっと歪んでいるような気がするのは私だけでしょうか?
参考文献
『プリニウスの博物誌』プリニウス著 中野定雄・中野里美・中野美代訳 雄山閣
『古代ローマの食卓』パトリック・ファース著 目羅公和訳 東洋書林
『ガイウスへの使節』フィロン著 秦剛平訳 京都大学学術出版界
『アピーキウス・古代ローマの料理書』ミュラ・ヨコタ=宣子訳 三省堂