毒きのこで亡くなった人達の話

どうも、にゃこめしです。

今回は食材の話…ではなく、食べてはいけない物の話になります。魅力的かつ恐ろしい食材、キノコ。

毎年、毒キノコ中毒で亡くなった方やキノコ狩りに出かけて事故に遭われた方のニュースを耳にします。

私がここ一年間で読んだ本の中から、キノコを食べてお亡くなりになった方々の話を3つ紹介したいと思います。

お釈迦様と毒きのこ

エントリーナンバー1、お釈迦様!

ブッダこと、お釈迦様は80歳を超えても旅をして教えを説いておられました。ある時、とても敬虔な信者である、村の鍛冶屋のチュンダという男がブッダの一行をもてなしたいと申し出ました。数々の料理が並んだ食卓。その中の一つに珍しいキノコの料理がありました。その料理を見て、お釈迦様はこう言いました。

「チュンダよ、あなたの用意したきのこ料理を私に下さい。また、用意された他の噛む食物・柔らかい食物を修行僧らにあげてください。」

そしてお釈迦様はチュンダのきのこ料理を召し上がりました。そして、食べ終わった後にはこう言います。

「チュンダよ。残ったキノコ料理は、それを穴に埋めなさい。神々・悪魔・梵天・修行者・バラモンの間でも、また、神々・人間を含む生きものの間でも、世の中で、修行完成者(如来)のほかには、それを食して完全に消化し得る人を見い出しません。」

お釈迦様は毒きのこだと分かっていて召し上がりました。チュンダへの優しさでしょうか。それとも、自らの命の終わりを予感して、受け入れておられたのでしょうか。

その後お釈迦様は食中毒と思われる症状に苦しみます。

赤い血が迸り出る、死に至る激しい苦痛が生じた

とありますから、かなりの痛みが想像されます。お釈迦様は弱りきった身体でクシナガラという土地へ向かい、沙羅双樹の樹の下でお亡くなりになり、涅槃に入られました。

ちなみに鍛冶工のチュンダが用意した料理は、きのこ料理であったとする説が一般的ですが、豚肉の料理であったとする説もあるようです。

 

クラウディウス帝と毒きのこ

エントリーナンバー2、皇帝クラウディウス

クラウディウス古代ローマ帝国の4代目皇帝です。先天的に少し障害があったとされ、歩行と会話に支障をきたしていたそうです。

そのため本来なら皇帝の後継者候補にならなかったはずでしたが、他の後継者候補が相次いで亡くなったり、暗殺されたりしたため、皇帝に擁立されました。

皇帝となった後は、予想を裏切る政治的手腕を発揮し、安定した統治となるように見えましたが…

実は女性にめっぽう弱く、奥さんの尻に敷かれっぱなしだったと言われています。4番目に結婚したアグリッピナという女性は、クラウディウスに詰め寄り、彼女の連れ子の息子を次の皇帝にする事を無理やり約束させました。そして…

クラウディウスの大好物であったきのこ料理に毒を仕込み、夫を暗殺しました。

wikipediaなどで検索するとクラウディウスの死因は毒キノコによる中毒であったという記事が多く見られます。

しかし実際は何の毒で暗殺されたかは定かではありません。アグリッピナはロクスタという女性の毒薬調剤師を召し抱えていたとも言われています。

古代ローマの歴史家タキトゥスによれば、こう語られています。

毒物はかくべつおいしいきのこに盛られた。その利きめはそう早く認められなかった。(中略)食事の後ですぐ胃を洗滌したので助かったようである。そこでアグリッピナは狼狽した。(中略)共犯をすでに約束していた侍医クセノポンを呼びつける。彼はクラウディウスが食べ物を自然に吐瀉する試みを手伝うと見せかけ、効力の早い毒物を塗った羽毛を、喉の奥につっこんだといわれる。

別の歴史家スエトニウスによると、こう記されています。

彼女はきのこに毒をもり、この種の料理が大好物であったクラウディウスに差し出した。(中略)クラウディウスは毒を飲むとすぐ口がきけなくなり、一晩中悶え苦しみ、夜明け頃に息を引き取ったと。別説によると、クラウディウスは初め意識を失い、やがて食べた物を口から戻し、みな吐き出してしまったので、再び毒を飲まされた。

毒きのこによる中毒かどうか、真相は歴史の深い闇の中です。ちなみにこの後皇帝になるアグリッピナの連れ子というのが、悪名高い暴君ネロです。

 

遠野物語の人々と毒きのこ

エントリーナンバー3、遠野物語の人々!

遠野物語に収録されている、ザシキワラシ(座敷童子)の話から。

遠野のある村の男が、見かけない女の子二人組に出会います。不思議に思って、どこから来たのかと尋ねると女の子達は「山口孫左衛門の家から」と、どこへ行くのかと尋ねると「別の村の誰それの家へ」と答えます。

男はこの二人はザシキワラシだと直感しました。ザシキワラシは住み着いた家に繁栄をもたらす妖怪だと言われています。そのザシキワラシが出ていってはしまっては、孫左衛門の家も落ちぶれるかもしれないな、と男は考えました。

それから程なくして、孫左衛門の家では7歳の女の子以外、家族も使用人も全員が毒きのこの中毒で亡くなりました。

その時の様子はこう書かれています。

孫左衛門が家にては、或る日梨なしの木のめぐりに見馴みなれぬ茸きのこのあまた生はえたるを、食わんか食うまじきかと男どもの評議してあるを聞きて、最後の代の孫左衛門、食わぬがよしと制したれども、下男の一人がいうには、いかなる茸にても水桶みずおけの中に入れて苧殻おがらをもってよくかき廻まわしてのち食えば決して中あたることなしとて、一同この言に従い家内ことごとくこれを食いたり。

科学的根拠のない、毒きのこの見分け方や毒の抜きかた、今でも時々耳にしますね。

縦にさけるキノコは毒が無い、とか、ナスと一緒に煮れば毒が消える、とか。もちろんこれらは完全な迷信であり、毒が抜けることはありません。

もちろん、苧殻と一緒に水に浸したキノコも毒が抜けることはなく、一家全滅の悲劇となりました。

 

おわりに

恐ろしくも魅力的な食材、きのこ。
ある種類は滋養に富んだ食べ物であり、別の種類は恐ろしい中毒を引き起こすきのこ。

数年前、秋の長野県へ旅行した時、天然のきのこがたくさん売っていました。ハナイグチ、コウタケ、ショウゲンジ…など初めて見るきのこがたくさん。山の幸、というものはこれほどまでに豊かなのかと驚かされました。

そして、きのこの種類を特定する難しさも、改めて感じました。
図鑑を見ても、どれがどれだか、何が何だか。
素人は手を出すべきではないですね。

キノコの同定の難しさから中毒を恐れて、近年は天然キノコの流通を規制する動きもあるようです。

個人的には山の幸と共に暮らしてきた地域の文化を大切にしてほしいという思いもあります。
しかし、人命にかかわる事でもありますから、物事はそう簡単ではありません。流通するキノコを一本一本検査するのは不可能ですから。

きのこと人間との攻防戦、まだまだ結論は出せそうにありません。
きのこを利用する人間達の攻防戦は、これからも続いて、新たな歴史になるのでしょう。

↓長野県の林道の駐車場の端っこで見つけた、イグチの仲間と思われるキノコ。
食べられるのかもしれないが、命が惜しいので食べていない。
(欠けているが、かじったのは私ではない。)
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↓ベニタケの仲間と思われるキノコ。食べられる種類もあるらしいが、ドクベニタケと区別がつかない。もちろん、食べない。
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参考文献

ブッダ最後の旅-大パリニッバーナ経
中村 元  岩波文庫

年代記 タキトゥス 国原吉之助訳
岩波文庫

ローマ皇帝伝 スエトニウス 国原吉之助訳
岩波文庫

遠野物語 柳田国男 青空文庫