にゃこめしの食材博物記

どうも、にゃこめしです。自称・おもしろ食材探検家で、面白い食材を探したり、普通の食材の面白い話を探したりするのが好きです。歴史・文化・生物学に興味があります。京都で小さな飲食店を共同経営している料理人。

メニューの中から正解を探そうとする人達の話

どうも、にゃこめしです。

私はかれこれ20年近く飲食業に携わっており、いくつもの店舗で働き、お客様と接してきました。

しかし最近、注文を取るときのお客様との会話で気になる傾向があります。

「どれを注文すればいいですか」
「これとこれはどっちがいいですか」
「どれがおいしいですか」

などの抽象的な質問がかなり多いことです。
あくまで私の体感ですが、ここ数年でかなりこのタイプの質問をする人が増えているように感じます。

もちろん、本日のおすすめやどんな食材が使われているか、人気のあるメニューはどれか、などの具体的な質問には喜んでお答えします。

しかし、「どれがよいか」というような抽象的すぎる質問には困ってしまいます。
その人のお腹のすき具合や味の好みなどは分かりません。
まして、お造りや珍味や丼物などカテゴリーが全く違うものの中から「どれがよいですか」と聞かれる場合は
お腹がすいていますか→はい・いいえ
のように質問チャートのような会話をしなくてはいけないのか、とウンザリします。

 

こう書くと、頭が悪い人が物事を判断できないから、人に決めてもらおうとしているんだな、と思われるかもしれません。
しかし、「どれがいいですか」の人々は典型的な「良い子」タイプの方が多いのです。
きちんと調査したわけではありませんが、高学歴の方、大企業や公務員の方。

 

先日、社会派ブロガーちきりんさんの『自分の意見で生きていこう』という本を読みました。
その中で、「すべての問題には正解があると思ってしまう」「学校的価値観」「答え合わせ発想」という言葉が使われており、はっと思い当たりました。

 

「どれがよいか」と抽象的な質問をする人達はおそらく、
メニューの中に「正解」があると思っているのではないでしょうか。
それと同時に自分の判断を「失敗した」「間違いだった」と思う事を極端に避けたがる傾向があるように思います。
だから、店員に聞けば「正解」を教えてもらえると思い、上記のような質問になるのだと思います。

 

当たり前ですが、どのメニューを選ぶかに正解などありません。

何を食べて満足感を感じるかは人それぞれです。
魚が好きか肉が好きか、それとも野菜か。味は濃いめが好きかあっさりが好きか。
同じ人でもその時の健康状態や気分によって変わります。
和食の気分か、中華か、それともイタリアンか。たくさん食べたいか少しにしたいか。

正解がないのと同じように、何が失敗かという答えも基本的にありません。
(食中毒を起こした場合など、極端な場合は失敗かもしれませんが……)

私は賢い人間ではないので、世の中の難しい問題について自分の意見を述べる事はとてもできません。

しかし、これだけは言えます。

自分の食べたい物を自分で選ぶ事は、とても楽しい事です。たとえ好みの味ではなかったとしても大した問題じゃないし、失敗でもありません!

自分の食べたい物がわからなければ、何でも良いので直感で選んでみてほしい。文字の読めない海外に旅行したみたいで面白いから。

注文する物を自分で選ぶ事自体が、食事の楽しみの一部分であり、味の一部分だと私は思っています。