エソの骨全部抜いてみた

エソという魚があります。

高級かまぼこや練り製品の原料になる事が多いです。味はとっても良いのですが、あまり馴染みがないという方も多いと思います。なぜなら、小骨が多くて食べにくいのです。

少し前になりますが、特大サイズのエソが届きました。

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小さいエソの場合、ウロコと頭と内蔵をとってからイワシのように手開きにします。すると中骨とくっついたまま小骨が外れます。

ただし、今回のエソは…手開きにするのは無理なサイズです。すり身にするのも良いですが、せっかくなので小骨を全部抜いて味わってみたいと思います。
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ご覧下さい!一番大きいもので50cmサイズ!

ちなみにエソにもいくつか種類があり、これはワニエソという種類です。
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それではさばいていきましょう!

まず、普通の魚と同じように三枚おろしにして、腹骨を削ぎます。

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骨を抜いていきましょう。エソの小骨は下の写真で示した通り、3つのライン上に並んでいます。

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並んだ小骨を一本一本、抜いていきます。指で小骨を確認しながら丁寧に。f:id:nyakomeshi:20210912121208j:image
ハモのように骨切りすれば良いんじゃね?と、言われそうですが、無理です。エソの身はハモより崩れやすく、粘りが強いです。一方で骨は長く、硬いです。
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骨切りしたら、骨は切れていないのに身はぐちゃぐちゃという大惨事になる事が予想されます。
ちなみに、骨の数は多いもののきっちりとした列をなしているので、抜くのはあまり難しくありませんでした。手早く、根気よくやれば大丈夫です。

骨を全部抜き終わったあとは…

どんな料理でもどんと来い!

淡泊でクセのない白身が味わえます。しかも、加熱してもしっとりホロホロの食感です。

まずは天ぷら。
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唐揚げの甘酢あんかけ。
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ハモの落とし風に、エソの落とし。

骨は抜き去ったのに、ハモに似せるために骨切り様の切れ目を入れています…

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塩焼き。

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漬け焼き。

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大変美味しく頂きました。

元のスペックが高い魚ですから、ひと手間かける値打ちはあります。チャレンジしてみたいという気概のある方は、是非一度お試しください!

 

 

イエス・キリストとスズメの焼き鳥の話


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スズメの焼き鳥を食べたことがありますか?

私は二度、食べたことがあります。一度目はあの有名な、京都の伏見稲荷大社の参道近くで売られているもの。二度目は焼き鳥屋さんで(どちらも10年ほど前)。

羽毛を取られたスズメは悲しいほどに小さく、空を飛ぶためのその体は細くて華奢でした。もちろん、ニワトリのように部位ごとに捌く事などできませんから、全身そのままの形で串に刺さっておりました。タレに漬けてパリッと焼かれたスズメを骨ごと、頭からパリパリといただきます。

一口頬張ると、まずタレのコクと皮の香ばしさ、そして噛みしめる程にレバーのような骨髄の味がにじみ出てきました。

観光客(今はコロナでいませんが)の方々は可愛らしいスズメを食べてしまう事と、グロテスクな見た目に、強烈な印象を抱くようです。

 

しかし、スズメを食べるのは日本人だけではありません。
新約聖書の人々もスズメを食べていました。

(ヨーロッパ〜中東にはスズメPasser montanusとイエスズメPasser domesticusの2種が生息していますが、そのうちどちらの種かは不明です。上の絵はスズメPasser montanus。)

新約聖書の舞台となるのは、古代ローマ帝国統治下のユダヤ属州とその周辺です。現在の地名でいうとイスラエルとヨルダン西端の一部にあたります。
時代は西暦30年前後。古代ローマ帝国二代目皇帝ティベリウス(在位期間AC14~37年)の治世です。

エスが人々に教えを説いていると、道端でスズメが売られていました。

マタイによる福音書20・29
二羽の雀が1アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなた方の父のお許しがなければ、地に落ちることはない。

なぜスズメが売られていたのかというと、食べるためです。スズメは貧しい人々でも手に入り、安く食べられる肉類でした。二羽セットでないと小銅貨一枚分にもならない、とるに足りないもの、という意味合いを含んでいます。

ルカによる福音書12・6
五羽の雀が2アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。

スズメがさらにお安くなっております(笑)
マタイの福音書に登場するスズメより小さいから、一盛り5羽にしたのか?
閉店前のサービスタイムだったのか?
それとも4羽買ったらもう1羽オマケ付き?
ここでもスズメは、取るに足らないもの、価値の低いもののたとえとして登場します。
そして、神様はそのような一羽のスズメの事もちゃんと見守っていてくださるのだというお話なのだそうです。

 

ゴスペルの名曲で『His eyes on the sparrow 』という曲があります。映画『天使にラブソングを2』の中でも使われておりました。この曲の歌詞は新約聖書のこの部分を引用しています。

 

さて、気になるのは人々がこのスズメをどうやって食べたのかです。

先に述べた通り、スズメは小さすぎて部位ごとに捌く事などできません。スープに入れたとしても、骨が邪魔で食べづらいものであったでしょう。やはり、骨ごとパリッと焼くか、揚げるかの他に調理法は考えにくい食材です。

ここからは私の想像になります。
やはり新約聖書の人々は、スズメを焼き鳥にしていたのではないでしょうか。

古代ローマにはガルムという魚醤がありました。このガルムと蜂蜜を混ぜてタレを作って魚やヤマネなどの食材を焼き上げる、照り焼きのような調理法があったことも記録に残っています。

ガルムと蜂蜜のタレをスズメに塗って、炭火でパリッと焼き上げると…

そう、スズメの焼き鳥の完成です!

伏見稲荷大社の門前で売っている、スズメの焼き鳥に姿も味もそっくりになります。

もっとも、ユダヤ属州でローマ中心部と同じ調理法をしたかはわかりません。
そもそも貧しい人々の食材として売られていたのだから、贅沢な調味料を使わず、塩だけで仕上げていたかもしれませんね。

 

最後に、伏見稲荷大社の門前で売られていたスズメの焼き鳥の図を載せておきます。
おしりの部分だけをつなげて開く、独特のさばき方をされていました。

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最近では国産のスズメはまず市場に出回る事がありません。ほとんどが中国産の輸入スズメです。しかしそれも希少になりつつあります。今では伏見稲荷大社に行ってもスズメが売っている事はほとんどなく、代わりにウズラの焼き鳥を売っています。

スズメの焼き鳥のお値段は一羽で約1アサリオンでした。

 

参考文献/HP

新約聖書 新共同訳

図解 食の歴史 F-Files 新紀元社

 

古代オリンピックとオリーブと月桂樹とセロリと松の話

オリンピックの起源が古代ギリシャの祭典、オリュンピア祭であった事は誰もがご存知と思います。では、勝者に贈られるものは何だったでしょうか?

金メダル?

賞金?

実はオリュンピア祭の勝者に贈られるのは、オリーブの枝で編んだ冠でした。

月桂樹の冠と勘違いされる事が多いのですが、正しくはオリーブです。後述するピューティア祭の勝者に贈られるのが月桂樹の冠である事や、古代ローマ帝国の皇帝の冠が月桂樹であった事から間違われる事が多いようです。

 

オリュンピア祭はギリシャ神話の神、ゼウスに捧げられる神事でした。

競争や催事が好きなギリシャ人は、人々が喜ぶものは神々もまた好み、喜ぶであろうと考えました。神々に捧げるためや、死者を慰めるために運動競技や詩や音楽の大会が盛んに催されました。

数日続いた様々な競技の間には、生贄を捧げる儀式も行われました。

各地から集められた百頭もの雄牛を屠り、その中の一番素晴らしい雄牛の太腿をゼウスに捧げるために灰になるまで焼き尽くします。

さて、残りは“おさがり”です。オリュンピア祭に集まった選手や観客など数千人で焼いて、食べ尽くします。何と楽しそうな…オリュンピア祭はバーベキュー大会だったのか…

 

ところで、オリュンピア祭(古代オリンピック)が古代ギリシャの四つの祭典の中の一つであった事をご存知でしょうか?四つの祭典はいずれも神々に捧げられる神事でした。

 

まずはオリュンピア祭。祭神は天空と雷の神・ギリシャ神話の最高神ゼウスです。

開催地はオリュンピア、主催国はエリスという都市国家です。4年に1度開催され、勝者にはオリーブの冠が贈られました。


ネメアー祭。こちらも祭神はゼウス。

開催地はネメアーで、2年に1度開催されます。勝者には野生のセロリの冠が贈られました。


イストミア祭。祭神は荒ぶる海の神・ポセイドンです。

開催地はイストミアで、主催国はコリントスという都市国家。2年に1度開催されます。勝者には松の冠が贈られました。 


ピューティア祭。祭神は光明の神・アポロンです。

竪琴が得意なアポロン神に捧げる大会なので、音楽や詩や絵画など芸術の大会でした。後に運動競技も加わります。開催地はデルポイで、4年に1度開催されました。勝者には月桂樹の冠が贈られました。

 

オリーブ、月桂樹、セロリ、松。それぞれの大会にそれぞれの植物の冠。

何だか良い香りがして美味しそうだ…と思ったので、それぞれの食材を使って創作サラダを作ることにしました。f:id:nyakomeshi:20210803022723j:image

オリーブ(ピクルス・種抜きスライス)、セロリ(半額)。松の葉は食べられないので松の実。月桂樹はローリエですね。

ローリエ本体は食べられないのでオリーブオイルに浸して香りを移します。後でビネガー、塩、コショウと混ぜてドレッシングに使います。

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筋をとって刻んだセロリにすべてをガーッと混ぜ合わせて出来上がりです!(雑な性格で申し訳ない)

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サラダを食べながら考えます。

古代オリュンピア祭は神に捧げる祭事でした。では現代のオリンピックは…?

人間のため、平和のため、健全な精神の育成のため。綺麗事を並べることはできますが、皆、気づいていますよね。

オリンポスの神々が居なくなった現代、神々に変わる存在はお金や利権なのでしょう。

 

ゼウスのおさがりの牛肉が食べたい。

 

参考HP

 

公益財団法人 日本オリンピック委員会

https://www.joc.or.jp/

 

東京2020教育プログラム

https://education.tokyo2020.org/jp/

 

wikipedia古代オリンピック

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF

 

wikipediaネメア祭

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%A1%E3%82%A2%E7%A5%AD

 

wikipediaイストミア大祭

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%9F%E3%82%A2%E5%A4%A7%E7%A5%AD

 

wikipediaピューティア大祭

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%A4%A7%E7%A5%AD

 

以上のHPの他に

2018年7月3日〜2018年9月25日に渡って放送された、NHKカルチャーラジオ 歴史再発見「ギリシア人の世界と古代オリンピック」の東京大学の橋場 弦 教授のお話を参考にさせて頂きました。

 

ウナギと虚空蔵菩薩の話

土用の丑の日が近づき、あちこちでウナギのチラシやのぼりを目にします。

ところで、昔は地域によっては「丑年又は寅年の生まれだから、ウナギは食べない」と言う人が居たのだそうです。

 

生まれ年の干支で決まる守り本尊

日本では、人は生まれながらにしてほとけに守られているという信仰があり、生まれ年の干支に応じて守り本尊が定められています。

といった感じです。

この中の、丑年・寅年の守り本尊である虚空蔵菩薩とウナギは関係が深いと言われています。

 

虚空蔵菩薩(こくぞうぼさつ)とはどんな仏様?

虚空とは宇宙という意味です。その慈悲は宇宙のように大きく、無限の宝物が納められた蔵のように例えられます。

そして、虚空蔵菩薩はその名の通り森羅万象や自然現象から人間までをつかさどり、お守り下さる仏様です。

また、智慧を授けてくれる仏様としても知られています。

京都などで行われる「十三まいり」という習慣はご存知の方が多いのではないでしょうか。数え年13歳という、幼少年期から青年期への人生の転換期に虚空蔵菩薩をお参りし、智慧を授かり明るい将来を祈る習慣です。

 

実は、ウナギはこの虚空蔵菩薩の化身である、又は虚空蔵菩薩のお使いである、と言われています。

丑年・寅年生まれの方がウナギを食べてはいけないという習慣は、干支の守り本尊である虚空蔵菩薩とウナギが結びついているからなのです。

 

虚空蔵菩薩とウナギの民間伝承

ウナギは虚空蔵菩薩の化身である、又はウナギは虚空蔵菩薩のお使いであるという民間伝承は数多く残されています。

しかし、虚空蔵菩薩とウナギの関係は、聖典などはありません。よって、民間伝承の寄せ集めのようになります。

 

埼玉県三郷市に彦倉虚空蔵尊(延命院)というお寺ではこのような伝承が残っています。

秋の大雨が数日つづき、古利根川(中川)が増水し堤防が決壊、みるみるうちに床上まで浸水し、ついには軒先まできてしまった。方々から“助けてくれぇ”という叫び声がきこえ小船を漕ぎだして探していると、子供や老人が太い丸太のようなものに乗ったりつかまったりして、流れのはやい濁流の中で流されずに浮いていた。よくみればそれは丸太ではなくうなぎの大群で、縄のようになってより集まり、子供や老人の体が流されないように抑えつけて多くのひとの命を救った。これらのひとは、その恩返しのためにうなぎを一切口にしないと誓ったという。

このお寺にはうなぎ供養塔があり、毎年10月にうなぎ供養が行われています。

 

三重県桑名市の徳蓮寺というお寺にも虚空蔵菩薩とウナギに関する伝承が残っています。

徳蓮寺の本尊は虚空蔵菩薩で、災害のため一次行方不明となっていたものが、江戸時代初期に土の中から出現したといわれ、そのときに像のまわりには像を守るかのように多くの鰻や鯰がいたという伝説もある。鰻は一般に虚空蔵菩薩の使いとされ、その鰻がここでは鯰とも結びついている。

この徳蓮寺には、ウナギとナマズを描いた絵馬が多数奉納されています。

 

 

また、民俗学者の佐野賢治氏によれば、ウナギは水神・竜神としての性質をもつ生き物とされてきた一面があるといいます。ナマズ地震をおこす存在とされたように、ウナギは洪水や水害を引き起こす存在とされました。

こうしてウナギを恐れ崇める性質が後に虚空蔵菩薩の災害からの救済という性質と結びつき、今日に残っているのだそうです。

 

 

おわりに

ウナギは資源の枯渇が心配されている魚です。チェーン店やスーパーなどで安く大量にウナギが売られているのを見ると心配になります。ウナギを大量に輸入する行為は、さらなるウナギの乱獲を促進してしまいます。

私は子年の生まれなのでウナギは食べても良いのですが、今年はウナギを食べずに近くの虚空蔵菩薩さんをお参りしに行こうと思います。智慧が授かれるかもしれません。

土用の丑の日には未利用魚を蒲焼き丼にして頂きます!

 

参考文献/HP

動植物供養と現世利益の信仰論 高木大祐 著 慶友社

お寺のどうぶつ図鑑 今井淨圓 監修 二見書房

 

彦倉虚空蔵尊(延命院)HP https://unagino-otera.jp/

 

三重県文化財データベース

https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/Miebunka/mobile/bunkazaiMobile/

 

朝日新聞デジタル ウナギをめぐる民俗学

http://www.asahi.com/area/kanagawa/articles/MTW20180704150280001.html

 

嵐山 虚空蔵法輪寺 HP

https://www.kokuzohourinji.com/

サザナミヤッコを食べる

鹿児島・枕崎からサザナミヤッコが届きました。南の温かい海の魚、といった感じです。サンゴ礁が似合います。水族館の人気者。

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幼魚と成魚は模様がまったく違います。幼魚はその美しさから海水魚を飼育する人達には人気者なのだとか。しかし、大きくなるんですね、この魚。今回は大きい方が35cmぐらいでした。

見てください、この歯。f:id:nyakomeshi:20210719132323j:image

エラ蓋の棘も鋭いです。f:id:nyakomeshi:20210719132341j:image

事前にネット上でサザナミヤッコの基本情報や、食べた人のブログなどを調べましたが、臭いが強くて食べられないという意見が散見されました。

一方で、沖縄では食用とされており、美味しいという情報も。

 

こういう魚こそ、腕の見せ所です。

幸い、鮮度はバツグンの状態で手元に届いております。

それでは、捌いていきましょう!

(サザナミヤッコを可愛がって飼育されている方々は、以下閲覧注意となります。ご了承下さい。)

 

 

ウロコは少し固いですが、普通のウロコ引き(百均)を使って剥がせます。手を保護する為と、魚をしっかり掴むための手袋は必須アイテムです。

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肛門から包丁を入れ、お腹を裂きます。次に頭の付け根から包丁を入れ、頭を外します。

鮮度や個体差によりますが、藻食性の魚の内蔵は、臭いが強い場合があります。このサザナミヤッコの内蔵もなかなか強い臭いがしておりました。

内蔵を傷付けないように、慎重に、しかし手早く作業しなくてはなりません。

見事なウズマキ状の内蔵をしておりました。この魚が雑食性でありながらも、藻食性に特化した身体を持っていることが伺いしれます。

 

三枚におろします。
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腹骨や頭は美味しい部位なので、普段は食べるのですが、今回はさすがに臭いが強すぎるで諦めました。

肝心の身の方は…

大丈夫!

きっちりとした温度管理で届いた事、そして手早い処理が功を奏しました!

あとは、残った臭いを感じさせないよう調味料を選んで調理します。

さて、どんな料理になったかというと…

 

まずは柚子こしょう焼です。f:id:nyakomeshi:20210720011942j:image

お次は味噌煮。

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そして、カレースパイス風味のソテー。

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いずれも臭みは全く感じません。

それよりも特筆すべきは身の食感の良さです。脂がのってホックリとした食感はなんとも素晴らしいです。例えるなら、イシダイ?身の厚いホッケ?それともスズキ?

 

結論として、サザナミヤッコはしっかり温度管理して、手早く処理すれば大変美味しい魚です。

臭い魚としてレッテルを貼ってしまうには、あまりにも勿体なく、あまりにも美味しい。この美味しさをお届け出来なくて残念ですが、写真を見て美味しそうだな、と思って下さった方々、どうぞ悔しがって頂ければ幸いにございます。

 

 

 

 

ちゃぶ台返しはいつから存在したのか

昭和の頑固オヤジといえば、ちゃぶ台返しですね。有名なのはやはり、巨人の星星一徹でしょう。そのパロディは数知れず。しかし、このちゃぶ台返し、いつの時代から存在したのでしょうか。気になったので調べてみました。

前提条件

昔から怒りをあらわにする際の動作として物をひっくり返す、という行為は存在します。遡れば紀元前、いや有史以前、もしくは現生人類が登場する以前から存在した行為かもしれません。

しかし、それらは「ちゃぶ台返し」と呼べるものではありませんでした。なぜなら、ちゃぶ台がまだ存在しなかったからであります。

従って、今日皆様がよく知る「ちゃぶ台返し」が成立するには、ちゃぶ台の存在が不可欠なのであります。

 

ちゃぶ台の始まり

ちゃぶ台が歴史の表舞台に登場したのは意外にも近代の事であります。

その起源の一つは西洋料理のダイニングテーブルです。

明治時代、西洋料理店があちこちにできるとテーブルスタイルの飲食店が登場し始めます。西洋料理店は「ちゃぶちゃぶや」や「ちゃぶや」「ちゃぶ店」などと呼ばれる事がありました。

ブロークンイングリッシュで商談が行われる際、「食べる」を「ちゃぶちゃぶ」と言ったのが語源とされています(おそらくは口にものを掻き込むような手振りつきで)。

西洋料理店のテーブルは「ちゃぶだい」と呼ばれるようになりました。

しかしこれはダイニングテーブルの事で、椅子に座って食事をするためのものです。いわゆる「ちゃぶ台」の形とは違います。

 

もう一つの起源はしっぽく料理にあります。しっぽく料理は長崎で江戸時代に発達した料理です。中華料理の影響から円卓に大皿料理を並べ、数人で囲んで食べる、というスタイルを取ります。

最初は円卓と椅子だったのですが、日本の文化に合わせてタタミの上に座って食事をするために背の低い、足の短い円卓が登場します。この見た目はもはや、ちゃぶ台です。実際、ちゃぶ台の事を「しっぽく台」という地域もあるそうです。

 

しかし、この時代(江戸時代〜明治中期頃)は一般的にはお膳で食事をしていました。

まだ「ちゃぶ台返し」ができる機会はほとんど無いといえます。一般家庭でちゃぶ台が定着するのはもう少し後の時代になります。

 

ちゃぶ台をすすめた簡易生活者

明治の後期頃になると、実用性を重視し・余計な物事を排除し・簡易で簡素な生活を目指すという思想が生まれてきます。それらは簡易生活と呼ばれ、知的階級を中心に広がって行きました。

社会主義者堺利彦という人もそんな中の一人でした。明治36年に刊行された『家庭の新風味』のなかでちゃぶ台を使う事を薦めています。

食事のときは家族の会合のときである。家族の団らんは、食事のときに実現されなければならない。このことから考えると、食事はかならず、家族の全員が、おなじときに、おなじ食卓をかこんでなされるべきである。その食卓は円くても、四角くても、テーブルでも、シッポク台でもよいから、ひとつの台でなくてはならない。従来の膳は廃止すべきである。

同時に同一食卓で食事をするとなると、皆が同一の物を食べるべきであることは当然である。男性の中には自分だけ家族とはちがう特別な料理を食べる者もいるが、これは不人情で不道理でけしからんことである。

それまでのお膳での食事は、座る位置やおかずの品数で家父長制や上下関係をはっきりとさせるなど、儀式的な意味合いを持ちました。ちゃぶ台での食事を推進する事で、平等さや簡易さを実現しようとしたわけです。

ちゃぶ台といえば、今では亭主関白や頑固オヤジのイメージと結びついていますが、当時は平等さや簡易さのイメージだったというのが意外で面白い所です。

堺利彦という人は他にもガス台を利用して調理時間や手間を短縮しようという主張もしていたりします。

なかなか面白い人だな、と思うのですが、結構ゴリゴリの思想家、活動家だったらしく、投獄されたことも何度か。政治や思想については私にはわかりませんので、ここでは触れないでおきます。

この頃から(明治後期〜大正)、都市部を中心に、徐々にちゃぶ台を導入する家庭が増えていきます。

もうそろそろ、「ちゃぶ台返し」が発生する条件が整ってきましたね。

 

ちゃぶ台返し全盛期

明治後期〜大正と、徐々にちゃぶ台で食事をする家庭が多くなりました。

そしてついに、大正14年、お膳で食事をする家庭より、ちゃぶ台で食事をする家庭が多くなります。そのままちゃぶ台を使う家庭は昭和25年頃まで増加し続けます。昭和30年代には大抵の家庭はちゃぶ台で食事をするという情況となりました。

 

そう、アノ時代です。古き良き昭和の時代。

さぁ、「ちゃぶ台返し」全盛期!!

全国の頑固オヤジ達が「バカモン!」の怒号とともにちゃぶ台をひっくり返します!

都市部でも農村部でも、東京でも地方でも! ちゃぶ台、ちゃぶ台、ちゃぶ台返し!!!

 

ちゃぶ台返しの時代の終焉

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

あれだけ隆盛を極めたちゃぶ台も、戦後からジワジワとその数を伸ばしてきた、ダイニングテーブルとイスの勢力に追い越される時代がやって来ます。

昭和45年ごろを境にダイニングテーブルを使う家庭の方が多くなり、徐々にちゃぶ台は姿を消し始めました。それは生活様式の変化とともに家族のあり方の変化も反映したものでした。共働き家庭も増え、典型的な亭主関白・頑固オヤジも徐々に数を減らし始めます。

昭和という時代とともに「ちゃぶ台返し」も終焉を迎えます。

 

終わりに

昭和が終わり、更に平成まで終わり、令和の現代。ちゃぶ台で食事をした事がない若い世代も珍しくありません。

現実世界からは「ちゃぶ台返し」は姿を潜めて久しいです。

しかし、「ちゃぶ台返し」という言葉は若者達も知っており、マンガやメディアの至るところに出現します。YOUTUBEで「ちゃぶ台返し」と検索すると、ちゃぶ台の他にテーブルや会社のデスク、商品の陳列棚など、ありとあらゆる物をひっくり返す動画が出てきます。

ちゃぶ台を用いた「ちゃぶ台返し」とは少し違いますが、「ちゃぶ台返し原理主義にこだわる必要もないでしょう。

ちゃぶ台返し」という概念は形を変えつつも、現代を生きる我々の心の中に生き続けているのです。

そう、「ちゃぶ台返し」は永久に不滅です!

 

 

参考文献

日本の食文化史 石毛直道 岩波書店

 

食事の文明論 石毛直道 中央公論新社

 

簡易生活のすすめ 山下泰平 朝日新聞出版

 

蔓菜(ツルナ)の食べ方とキャプテン・クックの話

ツルナとはどんな野菜?

蔓菜(ツルナ)は海辺の砂浜や岩壁に自生しているハマミズナ科多年草です。日本以外にも、アジア、オセアニア、南米の太平洋側に広く分布しています。この若い芽を摘み取って野菜(山菜)として利用します。

地域によってはイソガキという名前で呼ばれることもあります。私の買ったツルナのパッケージには弦葉(ツルハ)とありました。他にも沖縄でははま菜と呼ばれるようです!

他のよく知られたハマミズナ科の野菜にはアイスプラントがあります。

アイスプラントの仲間だけあって、葉は分厚く、ザラザラしています。水分を含んだ毛が葉の裏側に密集しているので、白く見えます。
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ツルナは生では食べられないのか?

ツルナにはシュウ酸が多く含まれているので、加熱調理が基本です。しかし、料理人のはしくれとしては生のお味も気になります。シュウ酸は食べ過ぎなければ大丈夫です。

一口だけ生で味見をしてみたいと思います。

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アイスプラントの仲間だけあって、プチプチ、ザクザクした心地よい歯ざわりです。

ほうれん草のような程よいエグみ、ケールのような青臭さとともにリンゴのような芳香も感じられます。セロリやケールのようなクセの強い野菜が好きな人なら、食べられるかも、といった味です。

だがしかし!

舌がカスカスになってきました。

更に、喉がイガイガしてきました。

思った以上にアクの強い野菜のようです。

生で食べる事はオススメできません!

 

ツルナのオススメ料理方法

では、ツルナはどうやって食べれば良いのでしょうか?

実は、ほうれん草と同じ使い方ができます。

サッとゆがいて、お浸しや胡麻和えに。
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アクはすっかり抜けて、美味しくいただけます。サッとゆがく程度ならプチプチ、ザクザクした歯ざわりも健在。

油で炒めても美味しいです。f:id:nyakomeshi:20210702024140j:image

 

かきたま汁やお味噌汁にも使えます。
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 ツルナとキャプテン・クックの話

ツルナは英語名でニュージーランド・スピナッチ(NewZealand spinach)と呼ばれます。これはニュージーランドのホウレンソウという意味です。

キャプテン・クックニュージーランドで発見し、ヨーロッパに持ち帰ったと言われています。

キャプテン・クック(Captain Cook)は18世紀イギリス海軍の艦長であり、冒険家です。本名はジェームズ・クック(James Cook)といいます。生涯で3回、世界一周の大航海をおこないました(3回目の航海の途中で死亡)。

ツルナを持ち帰ったのは一度目の世界一周大航海の時です。その後同行した植物学者がヨーロッパに広めました。

以下は英語版ウィキペディアからの引用です。

The species, rarely used by indigenous people as a leaf vegetable, was first mentioned by Captain Cook. It was immediately picked, cooked, and pickled to help fight scurvy, and taken with the crew of the Endeavour.

この植物が野菜として先住民に利用される事は滅多にありませんでしたが、キャプテン・クックによって最初に(食料として)言及されています。

これらはただちに摘み取られ、調理されて漬物にされ、壊血病と戦うための食料として乗組員と一緒にエンデバー号で運ばれました。

キャプテン・クック壊血病の対策としていろいろな食品を試していました。ザワークラウトや麦汁、柑橘類など。

ツルナもその中の一つといえるでしょう。新鮮な野菜を補給する事は壊血病の予防に効果的です。

その甲斐あってか、一度目の航海では壊血病での死者を出さずに航海を成し遂げたと言われています。

これは当時としては非常に素晴らしい功績でした。

(ちなみに、クックは2回目の航海以降なぜか麦汁が効くと盲信し、壊血病を出しまくりました。壊血病の原因がビタミンCの不足によるものだと判明したのはそのずっと後の時代の1932年の事。)

 

ツルナは本当に壊血病の対策として有効だったのか考察してみる

壊血病は数ヶ月にわたり、長期的にビタミンCが不足することで起こる疾患です。最初は脱力感やだるさから始まり、歯茎や粘膜からの出血などの症状が起こり始めます。酷くなると歯は抜け落ち、古傷が開くなどの症状に発展し、死に至ります。

成人男性一人が一日に摂取する事が推奨されているビタミンCの量は100mgとされています。ただし、最低限6〜12mgのビタミンCを摂取出来れば、ギリギリ壊血病による死は免れるそうです。

 

ツルナの可食部100gあたりのビタミンC含有量は22mgとされています。野菜の中では特別多い方ではなく、かといって少ないほうというわけでもありません。

しかし。

先程ツルナは生で食べるには少々アクが強すぎると書いたばかりです。

ビタミンCは水溶性なので、茹でてしまうとほとんどが失われてしまいます。スープに入れて茹で汁ごと食べていたのならビタミンCは摂取出来ますが…

保存の為には塩漬けにしたか、酢漬けにしたのか?乾燥させるとビタミンCはなくなってしまいます。

 

キャプテン・クック御一行様がどのように調理して食べたのか…今となってはわかりません。ツルナだけで壊血病を予防するのは少々無理がありそうです。

しかし当時、ニュージーランド付近は探検されておらず、地図もありませんでした(クックがこの一度目の大航海の際に作成)。次の目的地にたどり着くまで何日かかるのか、そこに食料があるのかもわからない時代。

未知の土地で発見した食べ物がどれ程までにありがたいものだったかは想像にかたくありません。航海の途中の栄養補給としては、とても貴重な機会の一つだったのだと思います。

ツルナが、世界一周、大航海の一助になった可能性は大いにあり得ることですね。

 

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↓種、売っているんですね。

 

参考HP

旬の食材百科

https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/index.htm

 

英語版ウィキペディア

tetragonia tetragonoides(ツルナの学名)

https://en.m.wikipedia.org/wiki/Tetragonia_tetragonoides

 

日本語版ウィキペディア

ジェームズ・クック

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%83%E3%82%AF

 

一般社団法人 日本血栓止血学会HP

https://www.jsth.org/wordpress/