にゃこめしの食材博物記

YouTubeチャンネル「古代ローマ食堂へようこそ」の中の人のブログ。古代ローマの食文化についての記事を中心に、様々な歴史や食文化について調べて書いているブログです。

プリニウスの博物誌に登場する怪物達

古代ローマの百科事典ともいえる、プリニウスの『博物誌』。
全37巻に及ぶ膨大な記述は、地理や自然科学、薬学など多岐にわたります。
1世紀の古代ローマで書かれたものなので、すべてが科学的に正しい内容ではなく、現代のわれわれから見ると、不思議だったり、驚くような記述が含まれている部分もあります。今回はそういった面白い記述の部分に関して紹介していきたいと思います。
プリニウスの人物像や『博物誌』のたどった歴史などは前回までの記事に紹介しておりますので、興味のある方はそちらもお読みいただければと思います。

さて、この二冊は日本でプリニウスを紹介した中で最も一般に普及したといえる本です。
内容は『博物誌』から変な生き物など、奇抜な記述の部分だけを抜き出して紹介したエッセイです。

『私のプリニウス』 『プリニウスと怪物たち』 澁澤竜彦 河出文庫

実際にはこの本で紹介される怪物や幻獣などが登場するのは『博物誌』の膨大な内容のうちごく一部なのですが、著者の澁澤さんの本は特定の世代にかなり人気があったらしく、プリニウスの博物誌といえば、妖怪大百科のようなイメージが広がってしまいました。

ただ、そうした怪物に魅力を感じるのは昔の人も同じだったらしく、写本や物語などに何度も取り上げられ、後の創作物に影響を与えた部分も少なからずあるようです。
それに、やはり面白いので『博物誌』の怪物達について簡単に紹介したいと思います

モノコリ(又の名をスキヤポデス)

“クテシアス(※)はモノコリといって脚が一本しかなく跳躍しながら驚くべき速力で動く人々の種類について述べている。またその種族は「傘足種族(スキヤポデス)」と呼ばれるが、それは暑い季節には、仰向けに寝て、その足の陰で身を守るからだと。さらに西方には首がなくて目が肩についている連中もいるという”

このような荒唐無稽な話をどこまでプリニウスが信じていたかは研究者たちを悩ませる部分でもあります。
この部分は紀元前5世紀の古代ギリシャの医師で歴史家クテシアスの『インド史』という書物からの抜き書きです。
1世紀のローマ人にとって、インドはまだまだ謎とロマンに満ちた辺境の地だったのかもしれませんね。

ミュンスター『コスモグラフィア』の挿絵より 1552年に印刷されたもの
左端がモノコリ、画像:Wikimedia Commonsより

不死鳥

プリニウスはこれは多分架空な話と思うが、と前置きをしてから不死鳥について書いています。

“アラビアには不死鳥がいるが、全世界にたった一羽しかいないのでまず見られないという。(中略)それが歳をとりかかると桂皮と乳香の小枝で巣をつくり、それに香料を詰め、死ぬまでそこに横たわっている。すると骨と髄からウジが生まれ、それが成長してひな鳥になる。そして前の鳥の葬儀を行い、太陽神の祭壇に置く”

現在メジャーな炎にとびこんで若返る、火の鳥のイメージとはずいぶん違いますね。

『動物寓意譚』13世紀イギリス 画像:Wikimedia Commonsより

サラマンドラ

原文ではSalamandraですが、翻訳によってはサンショウウオとなっています。

サラマンドラというのはトカゲのような形をし、斑点に覆われた動物だが、大雨の時しか姿を見せず、晴天の時は消え失せる。非常に冷たいので、氷がそうであるように、火に触れると火は消えてしまう。口からは乳のようなよだれを出し、触れるとその部分の毛が抜け、変色し、破れて湿疹になる。”

この記述はアリストテレスの記述をもとにしたのではないかと言われています。炎の中に住んだり、火を吐いたりするサラマンダーのイメージは後の時代に付け加えられたもののようです。

ディオスコリデス『薬物誌』の挿絵にみられるサラマンドラ
ウィーンの写本、6世紀頃 画像:Wikimedia Commonsより

一角獣

一般的な一角獣のイメージといえば白馬の額にイッカクの牙をつけたような見た目でしょうか。

タペストリー「貴婦人と一角獣」フランス15世紀末頃 画像:Wikimedia Commonsより
この頃には現在我々が想像する姿の一角獣に。ただし蹄は割れているので実は偶蹄目かも?

しかし、古代のユニコーンの姿は全く違ったようです。

“インドで最も獰猛な動物は一角獣で、これは身体の他のところはウマに似ているが、頭は雄鹿に、足はゾウに、尾はイノシシに似ていて、深い声で吠える。そして額の中央から突出している2キュービット(約80cm)もある一本の黒い角をもっている。この獣を捕獲するのは不可能であるという。”

これは…サイではないでしょうか…?


このように『博物誌』では、はるか遠くの民族や動物などは幻想的な記述が混ざっています。情報の伝達手段も限られたこの時代の事を思うと無理もありません。

しかし、かなり身近な存在なのにプリニウスが最も恐れたのはこの生物ではないか、と思うような記述を見つけました。

その生物とは…女性です。

“女性の月々の下りもの(経血)に触れると、新しいワインは酸化し、作物は成熟しない。接穂は枯死し、田圃の種子は干上がる。木々の果実は落ちる。明るい鏡はそれを映しただけで曇り、鋼鉄の切り口も象牙の艶も鈍る。ミツバチの巣も死ぬ。それを舐めると犬は発狂し、毒が染みこんで、それに咬まれると治らない。”

生理の女性が集まったら国を滅ぼせそうですね。

プリニウスにとって女性は異国の怪物たちより不可解で恐ろしいものだったのかもしれません。

 

参考文献/『プリニウスの博物誌』
プリニウス著 中野定雄・中野里美・中野美代訳 雄山閣

参考文献ではないが紹介した本/
『私のプリニウス』『プリニウスと怪物たち』澁澤竜彦 河出文庫