古代ローマの料理にはかかせない調味料があります。その名はガルムといいます。これらは日本料理のお醤油のように、古代ローマ料理の味の基礎をつくりだすものでした。
ガルムとは魚と塩を漬け込み、熟成発酵させて作った魚醤の事です。
欧米の研究者達は魚を発酵させるという製造方法にとても抵抗があるらしく、しばしばガルムは「臭い」と表現されます。
しかし、私は他民族の食文化を「臭い」と表現する事は好みませんので、ここでは「臭い」という言葉はなるべく使わずに説明していこうと思います。
ガルムについての記述が残っている一次資料はいくつかあります。
そのうちの一つは博物学者プリニウスの『博物誌』で、その製法は以下の通りです。
ガルムと呼ばれるもので、魚の臓腑と、普通には屑と考えられる他の部分でできている。これらのものを塩に漬ける。だからガルムは本当はこれらのものが腐敗して生じた液なのだ。
この説明ではあまり美味しそうに思えませんね。
しかし発酵も腐敗も微生物や酵素の力で有機物が分解され、別の物質に変化することです。
それが人間にとって有用な場合は発酵、有害な場合は腐敗と呼び分けているに過ぎません。
プリニウスの記述通りだと、ガルムは魚を塩漬けにして発酵させた調味料だということになります。
プリニウスはさらにこう記述しています。
今日ではもっとも人気のあるガルムはカルタゴの漁場のサバで作られ、1000セステルティウスが約2コンギウスの魚と交換される。ほとんどどんな液体も、軟膏を除いては、これ以上に高い値を呼ぶものはなく、それを作る国民にとって名誉にすらなっている。
1コンギウスは約3.2㍑。兵士の1年分の給料は約900セステルティウスです。
つまり、カルタゴ産のサバのガルム6.4㍑は兵士の1年分の給料より高かったことになります。
ガルムはローマ帝国のあちこちで作られていましたが、名産地のガルムはかなりの高級品だったようです。
ガルムは魚と塩の他に、ハーブなどを加えて味を整えたものもありました。プリニウス曰く
ガルムは混ぜ物を加えて、古いハチ蜜ブドウ酒の色をしたものや、大変美味で飲むことができるものもできた。
他の資料からもガルムはどんな調味料だったか見てみましょう。もう一つご紹介する資料は10世紀の東ローマ帝国で皇帝コンスタンティヌス7世によって編纂された農業書である『ゲオポニカ』です。古代ギリシアやローマの農業に関する記述を集めたこの本には、ガルムの作り方も書かれています。
魚の内蔵を容器に入れ、塩をふる。ここに小魚を一緒に入れて塩を加え、天日の下で乾かし、度々容器を揺り動かす。
太陽熱のために、魚が乾燥してくると、目の詰まった籠に入れ、流れ出る汁を集めてガルムを濾しとる。
とあります。
どれくらい発酵・熟成させたのかは書かれていませんが、時間をかけて作られたのだろうといわれています。
日本を含めアジア地域の色々な国では現在も様々な魚醤が作られています。
ところがヨーロッパ地域ではローマ帝国の滅亡と共にガルムなどの魚醤の食文化もなぜか消滅してしまいました。
今ではイタリアのごく一部の地域でコラトゥーラという魚醤が作られている程度です。
参考文献/
アピーキウス古代ローマの料理書
ミュラ・ヨコタ宣子 訳・編 三省堂
古代ローマの食卓
パトリック・ファース著 目羅公和訳 東洋書林
画像/
WikimediaCommonsより