ローマ帝国では「特別なご馳走」の食材としてウツボが飼育されていた、という記録があるそうです。その中の1つをご紹介したいと思います。
ローマの歴史家、カッシウス・ディオ(155-229)の著書『ローマ史』54巻23頁にはこう書かれています。
『美食家ウェディウス・ポリオが初代ローマ皇帝アウグストゥスを饗宴に招待した時、奴隷の一人がクリスタルのグラスを割ってしまった。
怒ったポリオはその奴隷をウツボの養殖池に投げ込むよう命じた。
奴隷がひざまずいて許しを乞うと、皇帝アウグストゥスはまず、ポリオにこのような残虐な振る舞いはやめるよう言い聞かせた。
次に皇帝は割れたグラスと同じものか、同じぐらいに高価なグラスを集めさせ、それらを叩き割ってしまうよう命じた。』
和訳:にゃこめし 間違ってたらすみません。
カッシウス・ディオはアウグストゥス帝の時代から150年近く後の時代の人物です。このエピソードが本当の事かはもはや知る由もありません。ですが、この時代の貴族が食用としてウツボを飼育していた事が伺える、貴重な資料のひとつだと考えられます。
別の古代ローマの歴史家、タキトゥスもこのエピソードを知っていたようで、『年代記』の中で
ウェディウス・ポリオの悪事
と言及しています。
なお、ここに登場する魚はウツボであることが一般的ですが、文献によってはアナゴと訳されている例もありました。
また、英語の文献ではlamprays-ヤツメウナギとなっている場合もあります。ヤツメウナギも古代よりヨーロッパ各地で食用とされてきた歴史がある魚です。
ウツボ、アナゴ、ヤツメウナギ。
果たしてどれが正解なのか?
英語もあまり得意でないし、イタリア語もラテン語も古代ギリシャ語も読めない私には、これ以上は調べることができません。
ただ、料理人として一つ言える事は、ウツボとアナゴは同じ捌き方で調理は出来ないという事。捌いてみると皮も身も骨も、硬さや弾力が全く違います。
更に、ウツボは骨格が複雑なので、特殊なさばき方をしなくては食べられません。
美食の文化が華開いた古代ローマの事ですから、きっと当時のの料理人達もそれぞれ使い分けていたと思います。
ポリオが本当に奴隷を餌にしてしまおうと思っていたのなら、大型で獰猛なウツボが一番、このエピソードに似合うと思うのですが。
参考文献/参考HP
華やかな食物誌 澁澤龍彦