にゃこめしの食材博物記

YouTubeチャンネル「古代ローマ食堂へようこそ」の中の人のブログ。古代ローマの食文化についての記事を中心に、様々な歴史や食文化について調べて書いているブログです。

古代ローマ人と豚…(1)選ばれし家畜、豚

今回から数回にわたって豚と古代ローマというちょっと変わったテーマの記事を書いてみたいと思います。

古代ローマで最もよく利用された家畜は豚でした。庶民の食卓から贅沢を極めた饗宴まで豚肉の料理は登場します。

ではなぜ、牛や羊ではなく古代ローマでは豚が選ばれたのでしょうか。

豚の家畜化の歴史

豚の家畜化と飼育は紀元前10000~12000年頃、南西アジアで始まったとされています。ほぼ同じ頃、トルコ東部の遺跡でもイノシシを囲って飼い始めた事が分かっています。
この二つの地域が豚の家畜化のルーツとされてきましたが、
近年ではさらに、ヨーロッパ各地やその他の地域でも独自にイノシシを家畜化していた事が遺伝子解析から分かっています。
これらの家畜化され始めた豚は人の移動に伴って他の地域の豚と交雑したり、野生のイノシシと交雑したりと複雑な過程を経ながら現在、我々の思う豚へと変化したといわれています。

豚と同じく紀元前10000年頃にはヤギと羊が、紀元前9000~7000年頃には牛が家畜化されました。そしてロバ、馬、ラクダと続きます。

古代ローマで豚がよく利用された3つの理由 

ではなぜ、古代ローマ人はこれらの家畜の中から特に豚肉を好んだのでしょうか。
理由の一つ目は家畜が貴重な労働力であることです。

馬はとても貴重です。軍隊に馬は欠かせませんし、古代ローマでは戦車競争も大人気でしたり。何でも食べる古代ローマ人ですが、馬を食べる事はまず無かったようです。
ロバは背に荷物を載せたり荷車を引いたりと運搬に欠かせない存在でした。

では、牛どうでしょう。
元々農耕民族であったローマ人は牛をとても大切にしました。
雄牛は畑を耕す鋤を引き、雌牛はミルクを出します。古い時代、ローマが共和制になって2、3世紀の間は食べる為でも、神々に捧げる生贄にする為でも牛を屠殺する事は禁じられていたといわれています。
その後は牛を生贄にする事は認められたようですが、捧げる時は雌牛を選び、雄牛は大切な労働力として手元に残す事が多かったといわれています。
古代ローマでは牛肉を食べる事もありましたが、普段から食べる肉類という扱いではありませんでした。
アピキウスの料理書には豚を使う料理が42品が載っているのに対して牛肉料理はたったの4品です。

数ある家畜の中から豚が選ばれた2つ目の理由はその雑食性です。
完全な草食動物であるヤギや羊を育てるには広大な牧草地が必要となります。ローマ帝国の属州では草原が広がる場所もありましたが、ローマの街近郊の土地はヤギや羊の飼育にあまり向いているとはいえませんでした。
一方豚は雑食性なので人間の食べ残しや野菜くずなどで育てる事ができ、広い牧草地も必要ありません。都市化が進んだローマの周辺地域で効率よく育てる事ができたでしょう。

さて、家畜の中から豚が選ばれた理由の3つ目は繁殖力と成長の早さです。
豚は1年に2度出産する事ができ、一度に10頭もの子豚を生みます。他の家畜が一度に1~2頭の子供しか産まない事に比べるとその繁殖力は群を抜いています。更にその子豚は6ヶ月で成長し、雌豚は生後1年で子を産む事ができます。
家畜の中でもチート級の生産性は人口が多いローマや近郊の都市の人々の需要を満たすのに大きな役割を果たした事でしょう。

と、ここまで豚の性質により古代ローマでは豚肉が多いに利用されてきたのだと説明しました。
しかし何より、豚肉の味が古代ローマの人々の好みに合ったのではないかと思います。食材の為なら金に糸目をつけない美食家達の饗宴にも豚肉料理が提供されていたからです。
家禽、ヤギ、羊、牛、それに鹿や鴨などのジビエ。どれも古代ローマで食べられてきた食材ですが、豚肉はちょっと特別だったようです。

参考文献

『人類と家畜の世界史』
ブライアン・フェイガン著 東郷えりか訳 河出書房新社

『シリーズ家畜の科学2 ブタの科学』
鈴木啓一編 朝倉書店

『豚肉の歴史』
キャサリン・M・ロジャー著 伊藤 綺訳 原書房

古代ローマの食卓』
パトリック・ファース著 目羅公和訳 東洋書林